代表ブログフロンティア・フォーラム

日本をよくする提言から多様性を高める主張、ギャップイヤー文化構築提案まで、
多種才々なイノベーター達のエッセイ集

「なぜギャップイヤーで高校留学と自転車世界一周に?そこで感じた価値とは?」
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鈴木孝浩
地域おこし協力隊


 ギャップイヤーとは価値のあるものなのだろうか?私の人生においては明確にイエスと答えることができる。人生をレール上を歩くことに例えるならば、ギャップイヤーによって今まで考えもしなかったレールに乗り換えることとなり、想像もし得なかった場所へ到達したからである。そこはわくわくで彩られている。私の周りのギャップイヤー経験者は似たような想いを持っている人が多い。

 私の人生では二度のギャップイヤーがあった。一度目は高校生のときのオーストラリア留学。二度目は社会人経験を経たあとの自転車世界一周である。

 16歳のときにオーストラリアの南に位置するメルボルンに1年間留学し、現地の高校に通った。1つの転機となった問いがあり、それは人生を変えた。

「タカは大学に行くの?何を学びたいの?」

 日本で進学校に通っていた私は、当然のように大学へ行くものだと思っていた。親も周りの友人も大学へ行くことが当たり前のような感じだったからだ。しかし改めて問われると、学業が好きとは言えない私が大学で何を学びたいのだろうか。学びたいことがないのであれば、働く選択肢を真剣に検討したほうが良いのではないか。

 最終的にはオーストラリアで選択したビジネスという授業が面白く、それを大学でも学びたいと経済や経営の学部を受験することにした。数学や物理が好きで得意だった私は理系の学部に進むものだと思っていたが、学びたい学問を見つけたので文転して経済学部を目指すことにした。そして大学生活では本を書いたり会社を立ち上げたりとビジネスに関わるような活動をしていくこととなる。私のオーストラリア留学というギャップイヤーにおいて間違いなく人生のレールを乗り換えたのだ。

 オーストラリア留学でもう1つの転機となった出来事がある。私のホームステイ先には私を含めて6人の留学生がいた。みな年上で、年齢は20歳から28歳の5人だった。スウェーデン人、タイ人、台湾人、香港人、韓国人。夜な夜な話をしている中で兵役の話となった。台湾と韓国では男子全員に兵役があり、タイではくじ引きで兵役があるという。たどたどしい英語での会話だったが、兵役の最中に友人が死ぬという生々しい話を聞き、「死」というものに触れた。

 幸か不幸かそれまでの人生で死を考えさせられる機会はなかった。人はいつ死ぬか分からないということを意識し始めた瞬間だった。それによって生き方がすぐに変わったわけではなかったが、数年の年月を経て、死の意識が身体の隅々まで巡り、行動に昇華されるようになった。いつ死んでも悔いのないように生きる。そのように生きられるようになったとき、人生は変わった。正確には段々と変わっていったのだが、そのきっかけはギャップイヤーのオーストラリアで留学であった。

 その意識の変化の結果が二回目のギャップイヤーに繋がる。大学を卒業し不動産会社で働いていた私は、充実した社会人生活を送っていた。定年後には自転車世界一周と田舎暮らしをしたいと考えていた。しかしふと思う。65歳から自転車世界一周は自分が持っているイメージと違うものではないかと。

 20歳に自転車で日本一周をしてからの夢が自転車世界一周であった。そのイメージは未知の中での挑戦的な旅であり、65歳の自分の姿はそこになかった。いろいろと思い悩み、相談し、結局は会社を辞めて飛び立つことにした。それはいつ死んでも悔いのないように生きるという、一度目のギャップイヤーでの学びが影響を与えている。

 世界一周旅で得たものは様々であるが、この場では旅をして知ったギャップイヤーの話をしたい。海外では多くのギャップイヤー経験者と出会う。日本人や欧米人などの場合には人生の中にギャップイヤーを取ることを自ら選ぶが、社会に組み込まれている国がイスラエルである。イスラエルでは兵役を終えたあとの約一年をギャップイヤーとして過ごし、そのあとに就職など自分の人生を歩みはじめる。視野や見聞を広めるための期間を社会として設けているのだ。それはギャップイヤーに価値があると国が認めていることに他ならない。

 昔と比べて平均寿命が延びた。長い人生のなかでギャップイヤーを持つことは有益である。それによって、よりよい人生を歩むことができるだろう。ギャップイヤーを持つ人が増えて生き方に多様性がうまれることで、よりギャップイヤーというものの価値が分かる人が増えてそれに対する寛容さが生まれるに違いない。1人でもギャップイヤーについての理解を持つ人が増えることを願う。

 最後に私の今をお伝えして終える。自転車世界一周を終えた私は定年後のもう1つの夢である田舎暮らしを35年前倒しで始めた。想像以上に刺激的な日々を送っている。自転車世界一周のときからブログ(http://takahirosuzuki.com/)を書いているので、良かったら見てほしい。それではまたブログでお会いしましょう。

プロフィール:
鈴木孝浩
1984年生まれ。
高校生のときにオーストラリアに1年間留学をする。
20歳のときに自転車日本一周をし、25歳から自転車世界一周に旅立つ。
28歳に旅を終え、愛知県新城市で田舎暮らしを始めた。
日々の生活のことを今もブログに書き綴っている。

参考URL
世界一周帰国後のチャリダーがよく聞かれること
http://takahirosuzuki.com/2014/0218105515

ブログ:http://takahirosuzuki.com/
ツイッター:https://twitter.com/viatortaka
フェイスブック:https://www.facebook.com/viatortaka

「自分の人生を愛するということ」IMG_0793.JPG


竹内 頌(Sho Takeuchi)
(北里大学4年次中退)

あなたの存在は素晴らしい
大学を卒業するまであと4カ月という2016年10月31日、僕は大学に退学願を提出した。

 この時期の中退というのは見方によってはドロップアウトした人生に見えるかもしれない。大学4年生という時期の中退が正しい選択だったかどうかは正直言って自分にもわからない。普段、何事にもポジティブな考え方をしているし自己肯定感にも溢れている方だと思うが、さすがに大学を本気で辞めたいと思ってから決断するまでの間は時期が時期なだけに、自分に自信がもてなくなったり自己嫌悪に陥ったりもした。さらに言うと、全てのことに無気力になってしまうという今までに体験したことのないような状態になったりもした。

 そんな時、僕を救ってくれたのは「あなたの存在は素晴らしい」ということを伝えてくれる人の存在だった。僕の選択が正しいだとか間違っているだとかではなく、竹内頌という人間を肯定してくれる人の存在は100人の否定的な意見にも勝る強力な味方だった。そういう人がそばにいてくれるだけで、また前向きになることができたし改めて自分のことを好きになることができた。きっと悩んだり落ち込んだりしている人に必要なのは、経験則によるアドバイスなどではなくその人の存在を包摂するような言葉なのだと思う。


僕は一人では生きていけない
 中退をするにあたって、改めて真剣に自分の人生と向き合うことになった。その中で、僕の人生は本当に人に恵まれているのだということを強く感じることができた。19歳の頃から始めた旅では出逢う人の数だけ価値観が広がり続け、ユースとして活動をした国際NGOオックスファムでは出逢う人の数だけ多様性がもつ力と美しさを知り、僕の選択を温かく見守り続けてくれた家族からは愛を知ることができた。僕は今まで出逢ってきた"あなた"がいるからこそ自分の人生を愛することができるし、生きていくことができるのだと心の底から感謝することが出来るようになった。


描いていく世界
 「正しい行いと間違った行いを超えたところに野原があります。そこで逢いましょう。」
 これは、ジャラール・ウッディーン・ルーミーという詩人の詩であり、僕が描く理想の世界だ。旅をしていく中で、自然農法を行っている畑に行く機会がよくあった。そこでは多種多様な生物が息づいていて、正しい行いも間違った行いも存在せずにそれぞれが個としての命を全うしていて、その上で共生関係を築きひとつの生態系を作り出していた。人の生き方にも答えなんてないのだから、それぞれの人が自分のど真ん中を生き抜くことがより豊かな世界を創っていくことに繋がっていくのではないかと考えるようになった。。

 しかし世界には自分の権利を行使することができない人や、社会的不公正に苦しんでいる人がたくさんいるのも事実。僕はそういった人のためにも生きていきたいし、そう思っているからこそ自分の思い描く世界を表現していきたい。きっと"あなた"と"わたし"を超えたところにも野原は存在していて、誰かを救うことは自分を救うことに繋がるし、自分を救うことは誰かを救うことに繋がっているのだと思う。


エコビレッジというひとつの答え
 自分の理想とする世界を表現していく手段のひとつとして、エコビレッジというものに辿り着いた。去年の夏、熊本県にある三角エコビレッジサイハテというところに行き衝撃を受けた。そこでは「お好きにどうぞ」を合言葉にそれぞれの思いをそれぞれの人が協力し合いながら色々な形で表現していた。生命の輝く生き方という言葉がぴったりなほどにそれぞれの人が本当に輝いていたし、生きる力に溢れていた。

 僕は11月末から、もう一度1ヶ月間三角エコビレッジサイハテに行きエコビレッジというものを学び感じてくる。そこからまた新しい何かが生まれるかもしれないし、全く別の道を選ぶことになるかもしれない。

ひとつだけ確かなことは、今とてもワクワクしているということだ。


最後に
 この先中退という選択を後悔するようなことがあるかもしれない。失敗もたくさんするかもしれない。それでも僕は、自分らしく生きている限り、"あなた"が存在してくれている限り自分の人生を愛し続けていくことができると思う。

Love the life you live. Live the life you love.



プロフィール:

竹内 頌(Sho Takeuchi)
Twitter:@osho_t8
Facebook:http://m.facebook.com/sho.takeuchi.0817


JGAP寄稿者短信:「昨日まで世界になかったものを。」arai.jpg


☑「世界の社会問題を解決する」
「俺マサイ族の家にホームステイしてヤギの生血飲んだよ(笑)」
「えっ!どんな味がするの?」

居酒屋で友達といるときにまぁまぁ盛り上がる話。休学して海外の様々な国を訪問しました。アメリカ、スリランカ、インド、ネパール、ブータン、ケニア、デンマーク、アイスランド、ペルー、ボリビア、などなど。
でも居酒屋でそんな話題をするために行ったわけではなく、旅立つ前は強い心意気がありました。

「世界の社会問題を解決する。」

そんな意気込みで休学をし、ボランティアをしながら世界をまわりました。
アメリカの世界遺産の山の中で道を建設、ネパールで震災復興、スリランカで美術の映像授業、インドで文化理解、ケニアで手洗い装置の作製、アイスランドの高齢者施設での支援、ペルーの日本語学校での教師。
でも結局大きく変えられたわけではありませんでした。変えられたとしてもたった1%だけであったかもしれません。
それでもこの1%がなにかにつながるかもしれないと思っています。そして自分と同じく、「海外でなにか人のために立ちたい!」と強く思い、休学する人がいると信じて、そんな人に向けて今回は寄稿します。


☑世界を100%から101%にするということ

ケニアの孤児院と聞いてどんな場所をイメージしますか?

電気・ガス・水道がない。食べ物も少ない、美味しくない。建物は汚い。服はボロボロ。
そんなイメージを抱くのではないでしょうか。ほぼそのイメージ通りでした。唯一の救いはソーラーパネルがあり、その電気を使って井戸の水がくめること。でも、雨の日、曇りの日は井戸が使えない状況でした。
そこには日本の日常では考えられない世界が広がっていて、お昼ご飯はみかん一かけらのみ、手は洗わない、皿は洗わない、調理のための薪は毎日拾わないといけない、トイレはどこでもする、そんな孤児院に日本人一人でふらっとたどり着き、一緒に生活していました。

そこにいる子供たちに何かしてあげたい、そう思い始めたのは滞在してから2週間たったころでした。手洗いしようと言っても始めない、お皿を洗おうと言っても洗わない、掃除をしようと言ってもする気も起きない。初めはなにもかもうまくいきませんでしたが、ちょっとずつ試行錯誤して、最終的には手洗いに焦点を当て、簡単な手洗い装置を作製しました。
透明なバケツに穴をあけて蛇口を挿しただけの簡易的なものですが、子供たちの生活がみるみる変わっていきました。手を洗うようになり、その装置を自分たちでカスタマイズして皿を洗い始め、掃除も積極的になりました。
たまたまやって来た日本人が作った手洗い装置をきっかけに、自分たちで生活を向上させていきました。

まさに世界が100%から101%に変わった瞬間でした。


☑昨日まで世界になかったものを
ボランティアっていう名前で、物やお金を提供することは度々批判されます。ですが、世界をまわるとボランティアのおかげで助けられている人々も多く見られました。この孤児院も外国からの支援で建設され、この施設がなかったら子供たちはどこかへ売られていたかもしれないといいます。なので、私は強くボランティアを肯定します。

そして私は、ボランティアをやるうえでコツに思っていることがあります。

・当たり前を創る
・勇気をもって踏み出す

ということです。ケニアの場合も手を洗うこと、手を洗える環境にいることは当たり前で、面倒に思ったり、逃げたくなったりしても勇気をもって踏み出したおかげで、手洗いの装置を作ることができました。
この2つのコツを意識すれば、世界を100%から101%に、昨日まで世界になかったものを創ることが出来ます。
今後、休学して海外ボランティアをする人に向けて、この寄稿がなにかのヒントになれば幸いです。

私は今後も、ネオジム磁石(NdFeB)の磁力のような強い気持ちで、少しでも社会に貢献できるような活動をしていきたいと思います。

良ければブログもチェックしてみてください。
http://sekayume.com/

最後までお読みいただきありがとうございます。


(関連記事)
2015年5月1日付
No.216:「ボランティアで世界を変える」(荒井昭則さん、東京工業大学金属工学科 4年次休学中)-エッセイ集 フロンティア・フォーラム
http://japangap.jp/essay/2015/05/-4-4.html

JGAP寄稿者短信:「手ぶら観光で震災支援ソーシャルビジネスTeburaを初めて、学んだ5つのことと僕がニンジャになるまで」忍者1.jpg


高木昭博
株式会社セームページ及びSamePage Ltd.(バングラデシュ法人)代表取締役社長


こんにちは!

 今回は、我々が自社サービスを構想して、失敗して、神戸市のベンチャー支援プログラムに受かって学んだことを記事に書きます。

 最初に簡単に私高木の紹介ですが、広島県で育ち、地元で3分の1は退学になる高校を卒業後、空手選手を経験した後、2012年より経産省/HIDAインターンプログラムでバングラデシュへ6ヶ月派遣されました。

 その期間に、現地で社会課題を間近で感じ「世界中の情報格差を無くして、優秀な人々に公平な機会を与える社会を作る」をミッションに2013年にバングラデシュで法人設立、帰国後日本で法人設立を行いました。
 当初考えていたソーシャルビジネスは、個人投資家さんがいたのですが、病気で離れてしまい、Webやスマホアプリの受託開発を日本企業から受けてなんとか事業を続けてきました。

 そんな中2015年11月より我々のミッションに近づける自社サービスを開始しようと、12月に多言語WordPress(ホームページ)テンプレートのマーケットプレイス「ソーシャルニンジャ」を開始しました。

 リーンスタートアップの手法に基づいて、ターゲットを絞って、士業(サムライとニンジャで相性ばっちり?)をターゲットにするも、士業のターゲットにWebでの集客ニーズがないことで、休止。
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 未だβです。士業マーケティング用のワードプレステンプレート販売:ソーシャルニンジャβ: https://jp.socialninja.market/home/

 2016年1月より我々の強み、英語、開発スキルを活かして世界にないサービスを作るにはと、飲食店、映画館、ホテルなどをインタビューしてヒアリングした結果、インバウンド旅行者向け荷物預かりをサービスとしてすれば面白いかもと市場調査を開始。

 2月より、各主要駅の出口調査や銀座数寄屋橋での出口調査、国交省へのヒアリングなどを行って自社としてこのサービスを行うことを決定。

ニンジャが高速ビラ配りしてます。↓
https://www.youtube.com/watch?v=MPeakq5QQo8

 7月より開発開始して、7月15日にプレリリースを行い、今は全国のロッカー、荷物預け場所を英語、日本語で表示するよう開発中です。
ホーム : Tebura https://tebura.ninja/ja/home-jp/

 学んだことは、沢山あって忘れてるものもあるんですが、特に下記になります。
まずは、現場。外へ出て行動する!
Future Institute というシリコンバレーのアクセラレータプログラムの東京説明会で言われてたのですが、プログラム中いきなり明日までにターゲット顧客5人インタビューして来いて言われるそうです。そして退学率60%(僕の高校の倍!)

 それを聞いて、僕は今まで真剣に前へ進もうとインタビューしてなかったと感じました。VCから出資が入って、あとで何でもするようになるというのはよく聞く話なんですが、出資を入れる前に何でも出来る状態になっておくというのは、非常に重要だと学びました。

おかげで今はどこでもニンジャの格好で伺えるようになりました。

英語でのリサーチ
 日本語でのマーケットプレイスの記事や情報はあまりないのですが、英語だと下記のように沢山あります。
Airbnbが初期に競合のcraigslistに掲載することでホストを増やしていたり、Uberが収入保証をしてドライバーを増やしていたりといった情報が探せたので、まずは英語で調べてみるというのは良いかと思います。

今神戸で行っている500startupsは、Webでも参考になる記事があるのでおすすめです。
リンク: All | 500 Startups :http://500.co/blog/


シリコンバレースタートアップと日本スタートアップの定義の違い
 日本、シリコンバレーでスタートアップの定義は、変わってくると思うのですが、メンターの奥田さんに、本気で世界出ようと思ったら、崖を飛び降りながら飛行機の模型を作ることをしないといけないと言われました。

 こちらはシリコンバレー式のスタートアップの考え方だと思うのですが、とにかく大変、犠牲も大きいです。一方日本のシードラウンドの考え方は、もう少し安定よりに感じます。色々な方から話を伺うと、シリコンバレーのVCは、犠牲が長期に及んでも事業がスケールするなら投資する意欲が日本に比べて高いように感じました。日本にいたら日本の環境に合わせて、それが合わなければシリコンバレーへ行くのが良いと思います。


スタートアップに向くビジネスかどうか!?
 僕らが行なっている手ぶら観光というビジネスモデルは、マーケットプレイスというモデルで、消費者、サービス提供者、運営者セームページがいるモデルなので、消費者が少ないと、提供者は集まらないし、提供者がいないと、消費者も集まらなく運営者は儲からないビジネスモデルなんです。

 Idonethisというtodoツールを作った方で、今はエンジェル投資家の方にもマーケットプレイスするなら、既存のサービスを値段を下げて勝負する時だと言われました。

 どういうビジネスが少ないリソースで最初の損益分岐点を超えれるかは、日本のスタートアップ業界だと重要に感じました。
何がしたいのか?

 そんな厳しいアドバイスを受けながら、それでも事業を続けたい思いがあるか?僕らは、Teburaだと旅行してる時に地元のお店へよって、荷物を預けてネットに出てない美味しいラーメン屋さん聞いて、手ぶらで旅行を楽しんでもらう。最後に少し社会貢献して、満たされた気持ちで旅行を記憶に残してもらいたいと思って、事業を続けてます。

 最後には、今自分を一番幸せにするものはなんなのか?これを突き詰めていくことで、効率も上がるのだと思います。


 つらつらと書いてみましたが、参考になりましたでしょうか?
文章として分かりづらかったら気軽にコメント下さい。

 ここで少し宣伝をさせて下さい。
現在Teburaでふるさと納税クラウドファンディングを行なってます。ふるさと納税とは、住民税の2割程度は寄付金額がほぼ全額返ってくる仕組みで、御興味ある方は、応援お願い致します。シェアのみも大歓迎です。

プレスリリース:神戸市が日本初のふるさと納税クラウドファンディングで震災支援のシェアリングエコノミー型ソーシャルビジネスTebura(手ぶら)をサポート。
Tebura :http://goo.gl/jN6cyn


 上記事業でスタッフ募集もしております。営業、SE、プログラマでインターンご希望の方は、上記リンクのチャットボックスよりお問い合わせ下さい。

 最後に今まで広島から東京へ出てきてなんとか事業をやってこれたのは周りの皆様のお陰です。ぱっと思いつく限り感謝のメッセージを書かせてもらいます。

奥さん
いつも仕事や家事、週一休みで有難う。お陰様で毎日幸せです。

プレシードメンター/コワーキングスペースMONO マネージャー石川さん
とりあえず現場行けと後押ししてくれて、なんとなく行動を避けてた自分に気づきました。これからもお互いがんばりましょー。

起業家シェアハウス運営 うっちーさん
お仕事振ってくれたり、セミナーやイベントの機会を頂き有難うございます。東京に友だちが全くいなかった状態から、色んなご縁を頂きました。

パラパラ漫画制作 村上さん
いつも話し聞いてもらったり、手伝えることないかとか協力有難うございます。

神戸ベンチャー支援プログラム メンター山下さん、尾下さん
Teburaを荷物預かりからもっと大きな構想にできたのは、お二人のメンタリングのお陰です。尾下さんから言ってもらった何か質問があった時に議論ではなく、同じ方向を向いて解決する三角形を作れというのは、とても役立ってます。

神戸ベンチャー支援プログラム メンター関さん
ニンジャ押してもらって有難うございます!お陰様でどこでもニンジャで行くようになりました。

神戸ベンチャー支援プログラム 多名部さん、林さん
事業が上手くいくよう色んな人をご紹介有り難うございます!

神戸ベンチャー支援プログラム きづきさん
融資のポイントやテクニックがどの金融機関よりも参考になりました。有難うございます!

神戸ベンチャー支援プログラム メンター イノーバ 宗像さん
お忙しい中、いつもアドバイス有難うございます!パタパタとドミノのように倒れる最初の一手を見つけるというのは、ぐさっと刺さりました。戦略が甘いとリソースが無駄になることを痛感してます。引き続きどうぞ宜しくお願い致します!

神戸ベンチャー支援プログラム メンター 徳山さん
リスティング広告の裏ワザや、モニター利用有難うございます!お陰様で事業へのモチベーションが上がりました。

神戸ベンチャー支援プログラム メンター 西本さん
まだ事業がしっかり固まってない中アドバイス有難うございます!引き続きどうぞ宜しくお願い致します!

井田行政書士事務所 井田さん夫妻
いつも資料作成など、要件がまとまってないのにお手伝いいただき助かってます。引き続きどうぞ宜しくお願い致します!

新日本監査法人 岡田さん
トラベルブックさん紹介などいつもアドバイス有難うございます!

ホライズン 尾熨斗さん
案件も発注頂き、六本木の物件の運用まで任してもらえて有難うございます!

 最後に、The Hardest Working Man in Show Business ジェームス・ブラウン※最近見た映画が良くてファンになりました。
I made a difference. 今あなたが聞いてる全ての音楽に俺の音楽が入ってる。てジェームスの言葉にしびれました。ソーシャルビジネス界一の働き者になれるよう頑張ります!
https://youtu.be/gJgkuyJ8NLo

(関連記事)
2015年10月3日付
N0.228:「人と違うやりたいことをやる時の少し"しんどいこと"とその対策」(高木昭博さん、セームページリミテッド社長)
エッセイ集 フロンティア・フォーラム: http://japangap.jp/essay/2015/10/post-111.html

「みんなが毎日着るものだから、少しの意識で大きな幸せが生まれると思う。〜ファッションの持つキラキラしたエネルギー」6月30日.JPG

上原未知加
(東京大学法学部3年)


服が好き
 小学校3年生、私は初めてファッション雑誌を手に入れました。そのティーン向け雑誌では、見たことのないようなキラキラしたモデルさんたちが、キラキラしたお洋服に身を包み、都会的な景色を背景にとにかく輝いていました。「お洋服は人を輝かせる」、そんなことを初めて思いました。

 以来、私の服への愛着、もはや執着のような気持ちは今日にいたるまでモクモクと大きくなっています。どうしたら私もキラキラしたモデルさんみたいになれるのか、毎日着ていく服を真剣に選びました。決してオシャレではなかったし、モデルさんとはほど遠いけれど、そこには常に何かの意味を込めた選択がありました。自分で意味を込めた服を着ていると、ガラスに映る自分の姿を見て、自分が着ている服がいかに自分を輝かせてくれているか、そんなことを感じて嬉しくなりました。これは今でも変わらない、私にとってのファッションの一番大切な価値です。


ファッションってキラキラじゃなかったの?
 「服が好き」「ファッションの持つパワーが好き」、そんな強い気持ちを胸に、大学進学と同時に上京して、アパレル販売員のアルバイトを始めました。憧れのキラキラした業界、お店にいられるだけで幸せ。そんな毎日でしたが、もちろん辛いこともたくさん。とにかく人件費を抑えて、商品価格を抑える。その構造は私たち販売員の負担になっていただけでなく、そのもっと前の段階、素材が布になって、布が服になるその過程でもたくさんの犠牲を払っていたのでした。

 いわゆるファストファッションが、なぜこんなにも早いスピードで、こんなにも低価格な商品を提供してくれるのか。ファッションは、実はキラキラした表とは裏腹に、その供給過程においてとても目を向けられないような構造があるのではないか、そんなことを思っていたちょうどそのころ、あるドキュメンタリー映画が公開されました。バングラデシュの縫製工場が倒壊し、1000人を超える犠牲者を出した事件をうけて、その周辺にある悲惨な事実が映し出されていました。

 私がこれまで「キラキラ」だと思って着ていた服、自分を輝かせてくれるとても素敵なモノだと思っていた服が、こんなにたくさんの犠牲の上で成り立っていたなんて。私たちが何も知らず、安ければ安いほど喜んで、たくさんの服を買っていたことで、なくなるはずのない命が1000という想像もつかない数で失われてしまったなんて。あまりに衝撃的で、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。


エシカルファッションとの出会い
 それから考えるようになった「では私には何ができるのか」ということ。調べていくうちに、エシカルファッションという考え方を知りました。環境に配慮した素材を使った服だったり、作っている人の労働環境に気を配ってできた服だったり。今持っている服を大切に長く使うという考え方もエシカルファッションです。

 それを知って私が思ったのは、「お気に入りの服って、そんなこと言われなくても長く着ちゃうよね」ということ。本当に自分をキラキラ輝かせてくれる服は、「安いから」買った服、「流行ってるから」買った服ではなくて、「どうしてもかわいい、どうしてもコレが欲しい」と思って選んで買った服。そしてそういう服は意識せずとも長く着てしまう。つまりエシカルファッションとキラキラしたファッションは、本来矛盾しない考え方なんだ、そう思いました。


エシカルファッションの捉え方を変えてみる
 エシカルファッションは高い、高いものは余裕のある層しか買わない、その層向けに商品を作る。現在のエシカルファッションに関しては、こんなイメージがあります。私たち若年層は、確かにそんなにお金を持っていないけど、「かわいい」「すてき」と思ったものにかける熱意はとても強い。だから、そこに訴えかける見せ方にしたら、もっと身近に感じるのではないか。

 そんな仮説を検証すべく、今は2つの活動に取り組んでいます。1つ目は、エシカルファッションスナップ。今あるエシカルファッションブランドさんから衣装をお借りして、18歳から23歳までの若者に、普段着ている私服と混ぜて着てもらい、スナップ写真を発信しています。エシカルファッションは、若者のリアルクローズになりうるのか。これからも続けてみようと思っています。

 2つ目は、エシカルファッションブランドの立ち上げです。無いのならば作ればいい。若い子が、思わず「かわいい!」と言ってしまうような、例えばshibuya109にお店があっても浮かないような、そんなエシカルファッションブランドを作りたいと思っています。今現在は、ラオスの手織りシルクを素材に、長く使えるジャケットを製作中です。


服を愛する者の使命
 もっと多くの人が、気づいてくれたら、そして少しでもエシカルファッションを実践してくれたら、私たちにキラキラしたファッションのパワーを提供してくれる人たちも、もっとハッピーになれるんじゃないかな。少なくとも、無意識のうちに命まで犠牲にしてしまうことは、もう二度と起こさないよう、私たちが努力しなきゃいけない。自分ができる限られたことであっても、全力でその役に立てることをしていきたいなと思っています。


プロフィール:

ブログ:http://ameblo.jp/jessica05/
Facebook:https://www.facebook.com/michika.uehara
Mithical fashion snap : https://twitter.com/shopnista2

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