ギャップタームは和製英語でギャップイヤーのコンセプトが全く伝わらないのが問題
1月27日付朝日新聞夕刊社会面では、東大が秋入学に伴い、半年ギャップイヤーを「ギャップターム」と呼称していることに対し、国際教養大学の中嶋嶺雄学長(元東京外大学長)が、「ギャップイヤーという言葉が国際標準であり、海外では『ギャップターム』は理解されない」と指摘した。同大の外国人教員に聞いても「わからない」と答えたという。
同紙面で、JGAP砂田薫代表理事は「学生が、留学先で、『ギャップターム』を利用して来たと説明しても、意味が通じない恐れがある。英国・教育省の定義では、ギャップイヤーは3~24ヶ月であり、半年でも『ギャップイヤー』と呼んで違和感がない」また、中間発表の「1年でないので、ギャップタームと呼称」という論拠もそもそもコンセプトの認識違いだと東大に、「最終報告」の段階での変更を求めていることを明らかにした。英語で半年にこだわるなら、gap half yearや half year gapという言葉もある。
1960年代に英国で誕生したとされるギャップイヤーのコンセプトは、時期より、むしろ当該期間の社会体験(ボランティアや正規外の国内外留学等)や就業体験(インターンやアルバイト等)のアクティビティのことを指す。日本のことわざの「かわいい子には旅をさせよ」の具現化のような意味合いだ。「ギャップターム」では、この含意が意味不明な造語で全く伝わらない。
辞書で調べても、termは「期間」もしくは「英国3学期制の1学期、2~3ヶ月間」、もし後者であればさらに的外れな言葉だ。濱田総長は、文藝春秋11月号においても、国際競争力やギャップイヤーのコンセプトを下敷きにしているモデルであることを表明しており、国際化対応の中、"ガラパゴス用語"をここで造る意味合いがない。そもそも、最高学府が、敢えて紛らわしい和製英語を使う理由は何かという疑問にもなる。東大が使用すると、「愛称」では済まされなく、その影響力で他大学にも無防備な形で波及する恐れがあり、それはギャップイヤーのコンセプトが理解されないまま、学生や社会にもいつのまにか浸透してしまうことを意味する。そして、その言葉は世界では理解されなく、「日本では・・」と新たな説明を要する。現に、それは進行中であろう。
2月4日付朝日新聞朝刊の「私の視点」でも、国際教養大の中嶋嶺雄学長(元東京外大学長)は、「東大は国際的に定着しているギャップイヤーをあえて『ギャップターム』と言っている。この用語では国際的に通用しないのでは。大学の中身も含め、国際標準化を」と呼びかけた。
2月5日付産経新聞朝刊社会面の「秋入学の宿題」でも、用語説明のコラムで「ギャップタームは東大の造ったギャップイヤーの和製英語で、置き換え」と説明され始めたことは歓迎できる動きである。
最後に、意味が確定できない和製英語の「ギャップターム」なる言葉を説明もなく掲載するメディアや各大学学長にも、使用にあたっては、最低限「東大版ギャップイヤー制度」の併記など注意を求めていく。

