日本をよくする提言から多様性を高める主張、ギャップイヤー文化提案まで、多種才々なイノベータ達のエッセイ集です。

「僕の"留学のススメ"~"18歳の国会議員"がいるスウェーデンにいるワケ」両角さん写真.jpegのサムネール画像

両角達平
(静岡県立大学 国際関係学部4年=休学中)
※Stockholm University (スウェーデン) 留学中


「NHKクローズアップ現代」に自分がとったアンケートが紹介されている!
 今年4月11日のNHK「クローズアップ現代」で「18歳は大人か!?~ゆれる成人年齢引き下げ論議~」が放送された。内容は、未成年住民投票、スウェーデンの若者団体、未成年模擬選挙などであった。スウェーデンに留学中の僕がこの番組のテーマを知ったのは、日本にいる友人のTwitterでのつぶやきからだ。
「自分たちが社会に影響を与えられると感じている若者の割合は、日本が24%であるのに対し、スウェーデンは65%に上っています」

 これを見た僕は、持病の椎間板ヘルニアが再発せんばかりにびっくりした。なんとこのデータは2年前に僕がスウェーデンでとったアンケート全く同じ結果だったからだ。それもそのはず、ニュース・ソースは僕が所属するNPOに取材依頼がきていたからだそうだ。このアンケートは2年前のゴールデンウィークにスウェーデンに訪れた際に、首都ストックホルムの駅前でとったものと、別の日に同じアンケートを静岡でとったものとを比較したものだ。このアンケートの結果を裏付けるように、スウェーデンには若者が社会に対して影響を与えることができる機会が豊富にあることを、この時に参加したスタディツアーで目の当たりした。このスタディツアーではNHKで出てきた若者団体や、若者政策を担う省庁や学校、余暇施設などを訪ねてインタビューを行い、いかにスウェーデンの若者の声が社会に届いているのかを実感した。現に昨年、世界最年少18歳の国会議員が誕生したのは記憶に新しい。日本でもこうなったらいいなと思い、スウェーデンでの秘訣を探るために、このとき僕は留学を決意した。


「失敗だらけの経験から見えてきたこと~バングラデシュの職人さんと創作する女性の夢を応援する手帳プロジェクト」遠藤さん写真.jpg

遠藤ちひろ
(慶應義塾大学総合政策学部4年生)
手帳プロジェクトSHOPNO GHOR代表


自分のタコつぼを抜け出すことから始まったギャップイヤー
 2011年3月―――
私は明確な目的もインターン先も滞在先も、滞在期間も決めないまま鞄一つでアジア最貧国バングラデシュに身をドライブさせました。決めていたことはただ一つ。それは、今まで私が所属していた学生団体、人脈、環境を離れ、全てのタコつぼから抜けた時、「遠藤ちひろ」で何ができるか、どこまでできるか、自分の力を最大限試す機会を自ら作るというルールでした。それはまさに社会が敷いたレールから外れて、自分で新しい生き方を模索するギャップイヤーという道を選んだ瞬間でした。


ダッカ郊外での農村女性との出会い
 全ての状態をゼロにリセットした私は自分に制限をかけずに、心の赴くまま、ダッカ大学の授業を受けたり、日系企業でインターンしたりと、バングラデシュではありとあらゆることに挑戦しました。そしてたまたま友人の誘いで訪れたダッカ郊外の農村で、私はある人物と運命的な出会いをしました。
 それはバングラデシュの農村地域に住む女性たちです。彼女たちは日本にいた時のイメージからは想像できないほど、エネルギーに満ち溢れていて、強くてたくましい女性たちでした。日本の女性よりも何倍も過酷な環境で生まれ育ったにも関わらず、活き活きと生きている彼女たち。その姿を見て、「女性としての本当の幸せな生き方とは何か」を考えさせられたと同時に、「もっともっとアジアの女性が活き活きと活動できる社会を作りたい!」という思いが強くなりました。この出会いが、のちの「女性の夢を応援する手帳」をバングラデシュの職人さんと作るプロジェクトを立ち上げる経緯に至りました。それは同時に、幼い頃からずっといじめられっ子だった弱い自分に"さよなら"をする瞬間でもありました。


「ブータンで幸せの意味を考える1年~リスクは自分への投資」高橋孝郎さん写真.JPGのサムネール画像


髙橋孝郎
(ブータン政府2代目首相フェロー) 


30歳目前で迎えたギャップイヤー
 僕は今ブータン政府の首相フェローとして働いています。首相フェローとは、ブータン政府の役人として、専門知識を生かしながら1年間ブータンの発展に貢献するというプログラムです。「首相フェロー」と言うと聞こえはいいのですが、待遇はブータンの国家公務員なので月給は2万円。生活費を考えると、ほぼボランティアです。30歳目前の時期にこの待遇でブータンに飛び込んだことは、まさにギャップイヤーにあたるのかもしれません。リスクの高い決断だと見る向きもあるでしょう。実際に親には「その給料で将来設計が成り立つのか」と心配されました。


"リスクは自分への投資"と考えればリスクではなくなる
 僕はこれまでのキャリアの中で、客観的に見るとリスクの高い決断をいくつかしてきました。前職で経営コンサルティング会社のマッキンゼーに勤めていたとき、入社2年目にドイツオフィスに転勤したのですが、当初は1年間の予定でした。しかし海外で様々な国の人々と共に働く面白さに魅入られたため、ドイツオフィスに残る方法を模索。結果、雇用契約を日本オフィスからドイツオフィスに変えることにしました。つまり、「転籍」です。前例がなく、帰国子女でもない僕には勇気の要る決断でしたが、結果的に海外勤務を長く経験することで得た英語力や人脈は大変大きいものでした。

 次の決断は、マッキンゼーを辞めて自費留学で国際関係の大学院に行くことを決めたことです。マッキンゼーに残れば収入も安定しましたし、留学するとしてもMBA(経営学修士)に行った方が卒業後の安定性は高い。しかし、自分の興味を追求した方が長期的には資すると考え、かねてから関心のあった途上国開発を勉強することにしました。そして大学院卒業後の進路として選んだのがブータンでした。

 これらの決断に共通するのは、自分では必ずしもリスクを取ったとは思っていないこと。その都度自分がやりたいこと、モチベーションが湧いて打ち込めることを選んできたので、自分にとっては他の選択肢の方がリスクが高かったのです。財政的には厳しい選択肢でも長期的には自分への投資と思ってきたので、リターンを意識した決断だったとも言えます。

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