「僕がスラムにはまった理由(わけ)~コロゴッチョ(無用なもの)でない街からの便り」
髙橋 郷
NPO法人Little Bees International 代表・新渡戸国際塾第七期生@ナイロビ
ケニアの首都ナイロビにあるスラム・コロゴッチョ(無用なものの意)の日常
「あっ!」それは、束の間の出来事だった。
露店で商品を買おうとして開いた僕の財布から、ケニア紙幣が3枚、どこからともなく現れた指によってもっていかれたのは。スリにランクがあるとしたら間違いなく"Aクラス"であろうその指の持ち主は、顔を確認させる間もなく、そのまま、乗車するオートバイとともにさっと過ぎ去って行った。
僕がいるのは"コロゴッチョ"という名のスラム街。東アフリカの国、ケニアの首都ナイロビのダウンタウンから車で30分ほど東に向かったところにある、国内3番目の人口規模を持つスラム・コミュニティだ。"コロゴッチョ"は、現地語で「無用のもの」。その名のとおり、70年・80年代は大都会ナイロビのゴミ捨て場だったところに、いつしか人が移り住みコミュニティができ、「無用なもの」でなくなった。
もともとの成り立ちがそんな感じだから、なんでもあり。昼間っからラリッている者もいれば、誰彼かまわず声をかけてくる売春婦もいる(ちなみに一夜の相場は、日本円で300円。間違いなくHIVに感染)。2000年代前半までは、殺人事件も日常茶飯事。一週間に一回は、中心部を流れるナイロビ川(外観はどぶ川)に死体が浮いていたらしい。そんな感じだから、ナイロビ市内の中流以上に属する人たちは、まず近寄ろうとしない。国際援助機関の人ですら、怖がって入口手前でUターンをしていく。まさに、"スラム オブ スラムズ"。
そんな場所に僕はいる。
10年近く行政の現場で働き、米国の公共政策大学院にも留学して、国際交渉の現場にも参画して、黙っていれば一生安泰、老後の心配もないはずだったかもしれない。
なのに、汚臭漂うスラムで日々格闘する僕は、親からすればただの変人で「バカ」に過ぎない。
なぜだろう。
答えは簡単。それは「なすべきことだらけ」だからだ。
スラムはいつ、どこから、何が飛んでくるかわからない"未体験ゾーン"
行政官時代、農政、介護保険、環境廃棄物処理、税、TPPにつながるEPA交渉、地方の枠組みから国の枠組みまで、様々な現場を体験してきた。自分なりに課題をみつけ、提案書を作り、新しいものを生み出そうと格闘もしてきた(つもり)。
でも、今思えば、なんて「重箱の隅をつつくような」小さなことにこだわってきたのだろうと素直に思う。だって、日本は、世界最高水準の便利な、生活の質の高い国。変えるべきところなんて、"コロゴッチョ"に比べればそれほど多くはない。優秀な人間も多いから、黙っていてもコトがスムーズに動いていく。
一方、スラムは・・・いつ、どこから、何が飛んでくるかわからない。そんな"未体験ゾーン"まっしぐらな、これでもかというくらい予測不可能なことばかりだ。
実際、子どもにナイフをもって追いかけられたり、羽交い絞めにあってPCを奪われたり、事務所に強盗が入ったり、突然、脅迫めいたSMSメールが送られてきたり、ひどいことはこれまでたくさんあったし、これからもあるだろう。
でも、それでも僕は、スラムを離れることはできない。
だって、そんな中でも、必死で明日をつかもうと生きている人、仲間がいるから・・・。
「明日は違う日を夢見て眠りについて、目覚めても何も変わっていない。先進国から来たあなたにそんな日々の実感がわかる?」と僕の目の前で涙を流しながら訴えてくる人の目を、僕は裏切ることはできない。
「人生は、パートナーシップだ」。仲間の一人の言葉だ。
かっこいい、でもそう言う彼の人生は、運任せの適当そのもの。
そんな日頃の態度に眩暈に似たものを感じながら、僕はいつも、日本の言葉「結い」のつながりを思い出す。
「結い」に決まった形はない。様々な程度に、形で結わえあいながら、でもそれは切れはしない。スニーカーの紐のように形而下の美しさで結わえられた、あるいはあや取りが、奇想天外の形をつくっていくように、そんな「結い」の関係性こそが、何もない社会の底辺のスラムから"何か"を生み出していく"ちから"になっていくのではないだろうか。
僕自身、これまでいっぱい裏切られてきたし、いっぱい泣いてもきた。でもそれでも傍らにいる仲間たちはいてくれる。
行政官になりたての頃に夢見ていたように、いつの日か、また日本の国にとって有為とされる人材でありたい。そんな青い希望を胸の底に残しながら、僕はこのスラムでこれからも、「結い」の関係性をつくり、仲間たちと未来を描いていきたい。
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