2012年5月31日に、JGAP1周年記念「明日の高等教育の可能性を"親子"で考えるセミナー」が築地・朝日新聞東京本社「読者ホール」で行なわれました(主催:一般社団法人JGAP 後援:朝日新聞社教育総合センター)。
以下は、慶応義塾大学から米国ブラウン大学へ編入した熊平智伸さんの講演要旨です。
「日米大学教育の違い~なぜ慶應からブラウンなのか~」
プレゼンター:熊平智伸さん(米国ブラウン大学)
私は日本で生まれ育ちました。慶應大学経済学部に入って自分と向き合ううちに、自分はアメリカの大学のほうが合っているのではと思い、大学2年の秋からブラウン大学に編入しました。実体験に基づいて日米の教育の違いについてお話しできればと思います。
私が通っているブラウン大学は、1764年にアメリカ東海岸に設立されたアイビーリーグの大学です。卒業後は62%が就職、23%が大学院進学しますが、残りの15%が卒業後の時間をボランティアや旅行、奨学金プログラムに費やしているというのが特徴です。慶應と比較すると、学生数が大きく異なります。慶應は学部生で約3万人、ブラウンは6000人。ブラウンは大きすぎず小さすぎず、一定の多様性を確保しつつ、密な教育を受けるにはちょうどよい規模の大学です。
「なぜ慶應をやめてブラウンなのか」という話をしたいと思います。私が大学に入学してすぐのころ、雑誌のエコノミストで衝撃的な記事を目にしました。見出しは「Leaderless Japan」、リーダーなき日本。非常に衝撃を受けました。それまでは「なんだかんだいって日本はすごいんだ」と思っていました。しかし、こうして世界が日本の状況を不信の眼で見ているということを目の当たりにし、「自分が次世代のリーダーとして日本を担うならどんな人間になるべきか」と考えるようになりました。その時、ずっと日本にいるだけでは何もわからないのかもしれないと思い立ちました。
また、せっかく大学に入ったのだから、徹底的に勉強をしたい、考え、議論したいと思っていたのですが、周りの学生は就職までのモラトリアムを楽しむというのが共通認識で、教授もどちらかというと大学院生の指導のほうに重きをおいている。その状況下で、家族や友達にもすすめられた留学という道を選ぶことを決めました。
日米の大学教育のシステムで、大きく異なることのひとつに入試プロセスがあります。試験で一元的に採点される日本と違い、アメリカの入試システムは多面的でフレキシブルです。共通試験に加えて、高校の成績、課外活動の実績、推薦状、エッセー、卒業生との面接などの組み合わせで合否が決まります。勉強ができるだけではだめで、大学のカラーに合うかどうかというところも重要です。
また、アメリカの大学の制度を考えるうえで、リベラルアーツは外せません。その最大の特徴は、入学してから自分の好きなコースをとってみて、授業を受けたうえで改めて専攻を決めることができるということです。実際に、私も専攻を決めたのは2年の最終学期でした。
アメリカでは本当に教授と学生の関係が近いです。ランチに誘ってもらったり、道を歩きながら授業の続きを延々と議論することもあります。ノーベル物理学賞を受賞している著名な教授の意見であっても「そんなのはおかしい」「それは間違っている」といった声が飛ぶこともあります。これは日本ではなかなか起こり得ないことだと思います。入学式のとき、ある教授が「教授たちは君たち新入生の新しいアイデアに挑戦されたくてうずうずしているんだ。どんどん質問を投げかけ、異論を唱えなさい。なぜならブラウンの教授は若い学生から挑戦されることによってのみ自分が成長できることを知っているから」と言っていました。こうした考え方がアメリカの教授と学生の関係を支えています。
アメリカの大学生はとにかくアグレッシブです。アメリカでは就職活動や大学院進学で大学の成績が求められるので、学生にとって成績は何より大切なものです。それに加えて中高から続けている部活動や他の課外活動を続けることも常識です。どれかひとつではなく、勉強も課外活動もすべてをがんばるのがアメリカの大学生の特徴ではないでしょうか。
1年を経て、強く思ったのが「グローバル人材は存在しない」ということでした。ブラウン大学にきたとき、自分の可能性は無限に広がっていると興奮したのと同時に、自分のアメリカの学生としてのレベルの低さを実感しました。英語もできず、文章も書けない。悩みながらなんとか1年間すごしてきたなかで、実は一番助けになったのは「自分が日本人である」というその事実です。英語はツールとしてもちろん重要です。しかし、グローバル人材という漠然とした姿を目指すよりも、日本人であるという事実を生かしてどのように世界で貢献できるのか考えることが、これからの時代の若者に求められると考えています。
以上

