海外ギャップイヤー事情 米国編(その2):「ギャップイヤーで社会貢献する若者には国や大学からの手厚い支援」の巻
comfort zone(快適な場所)からの脱却がギャップイヤーの原点
ダニエル・コーエン君は、比較的裕福なボストン郊外で何不自由なく育った。2008年に高校を卒業したとき、彼は大学入学より、まず社会に恩返しをしたいと考えた。そして自分の置かれた恩恵から離れ、もっと多様なコミュニティーで暮らして経験を積みたいとも思った。そこで、全米20都市の学校に、子どもたちの指導者となる若者を派遣するアメリ・コー(AmeriCorps)の全米社会貢献プログラムとパートナーを結ぶ民間団体City Yearに応募した。
高校を卒業した彼が派遣されたワシントンD.Cの小学校は、彼が通学した秩序ある小学校とは対照的だった。「そこは混沌が普通の状態でした」、と彼は思い返す。、正規の先生のアシスタントを担い、放課後の子ども達へのプログラムも手伝い、先生や生徒たちが成し遂げる困難な業績を称賛することを学習した。「日々進歩を見出すのは簡単なことではありませんが、1年が終わる頃には、その違いに気づきはじめました」と彼は答えている。
現在ニューヨーク州の名門シラキュース大学で公共政策を学ぶコーエン君は、「City Yearプログラムは、僕に教育の価値と大学へ行けるということがどんなに幸運であるかを教えてくれました」「僕は高校時代はそれほど勉強熱心ではありませんでしたが、大学ではほんと盛りだくさんにいろいろ首を突っ込んでいます」と笑う。
City Yearは大学にも学費も支援している。生活費を補助する少額の給付金を提供したり、卒業生には6,000ドル(約48万円)の奨学金を得る資格も与えている。また、このプログラムや他のアメリ・コーのプログラムを終了した学生には、全米約90の大学が、さらなる援助を提供している。シラキュース大学はコーエン君の授業料の半分を補助してる。ギャップイヤーの一形態であるCity Yearプログラムへの応募は2011年から過去3年で3倍に増え、今年はなんと2,000人の枠に対して10,000人の応募があった。
米国のピース・コー(平和部隊)もティーチ・フォー・アメリカも日本の就職という概念とは明らかに違う。それは、おおよそ2年以内の有期のインターンやボランティアであり、非日常下での本格的社会体験・就業体験を意味するギャップイヤーの概念だ。これらの進展を見ても、米国ではギャップイヤーが必ずしも家庭にとって大きな金銭負担になるとは言えない。日本でも制度設計をする場合、こういう国や行政、そして大学からの支援の在り方を検討する必要がありそうだ。
(参考)内閣府資料 アメリ・コーの概要
http://www8.cao.go.jp/youth/suisin/jiritu/02/siryo02-3.html
(文 / JGAPギャップイヤー総研「翻訳チーム」 関塚芽衣子)

