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海外ギャップイヤー事情 英国編: 「息子のギャップイヤーの行先が心配で寝れない新聞編集長と"ギャップイヤー母の会"」の巻

 英国の新聞「ザ・テレグラフ」のウェブ版の旅欄に、健康面担当編集長シェリル・ヒックス女史の寄稿が掲出された。
息子がギャップイヤーで南米に飛び立つが、母として内心穏やかでないという内容だ。連日、早朝にパニックに襲われて目覚める。ふとしたことで泣いてしまう。朝には内容は忘れてしまうが何度も悪夢を見てしまう。

 息子のマックス君は、多くの若者もそうしているように、ただギャップイヤーに旅立つだけだ。
「あなたがこれを読む頃には、彼はエクアドルのキトへ向かう飛行機の中にいるだろう。夫と私は午前4時に家を出て、末っ子である息子とお別れをし、セキュリティゲートをくぐって行く姿を寂しさをこらえて見送る。読者の皆さんが、ゆっくりコーヒーを飲んで休日を過ごしている頃に帰宅する。彼はたった一人で、6000マイルの旅を始める」とある。

 このマックス君が南米への飛行機の切符を予約したのは数か月前。そして、母は彼の冒険心や資金稼ぎのために退屈なアルバイトを続けた根性を喜ぶかわりに、心配や悪い予感を感じて口げんかを繰り返してきた。知性豊かな彼女も、我が子をギャップイヤーに送りだすほとんどの母親と同じ気持ちのようで、ただ無事に終わって帰ってきて欲しいの一念だ。

 こんな経験はヒックス編集長にとっても初めてではない。5年前に長男のハリー君が同様にひとりで旅立った時に、夫婦で感じた、もう二度と会えないのではないかという喪失感は鮮明に覚えている。しかし長男が選んだオーストラリアは、文化的にイギリスに近く、しかも英語圏で比較的安全だと思われた。ギャップイヤーでは、ずっとパーティをして浜辺で遊んでいただけだと本人も言っている。夫婦が当時心配したのは危険なクラゲ、サメや森で遭難することぐらいだった。

 秋から生物学の勉強を始めるマックス君は、彼の言葉で言うと「本物の」冒険をしようと決心した。エクアドルのアマゾン盆地、ペルーのマチュピチュ、ボリビアの絶景である塩湖を、乗合バスで移動しホステルに泊って旅するのだ。

 とても素晴らしいギャップイヤー・プランに思えたとヒックスさんも語っている。英国外務省のウェブサイトで、膨大な量の、彼が遭遇するであろう危険に関する警告を見つけるまでは。よくある強盗だけでなく、銃によるバスジャックも定期的に起こり(外務省によると「よくある事件」)、旅行者の誘拐(「ありふれた犯罪」)、麻薬の取引、テロなどもある。

 他にも注意しなくてはいけないことは多数書いてあった。その辺りは道が悪く(ペルーでは今年に入ってから既に4件バスの大事故が起きている)、活火山、地震、洪水といった自然災害が発生し、言うまでもなく、政治暴力も頻繁にある(デモとストライキはいつ起きても危険である)。

 更には怖い病気にかかるリスクも高まる。中にはワクチンが効かないもマラリア、デング熱、シャーガス病と呼ばれる寄生虫が媒介する病気、皮膚病、サシチョウバエが媒介するリーシュマニア症など。他には高山病、「よくある病気」の結核、事実上避けられない下痢も・・・。

加えてマックス君は沢山の予防接種を受ける必要があり、中には保険が効かないものもあった。狂犬病、B型肝炎、黄熱病の予防接種で高額な費用がかかり、副作用の少ない良質のマラリアの薬にも費用がかかった。

 認めるのは恥ずかしいことだが、これらの情報を知って、母としての自分は「うわべだけの"コスモポリタニズム(地球人主義)"であったことを吐露している。一晩中、領土拡大に反対した小英国主義者のように、この大変な地域は犯罪と病気の温床だと悩み続けた。マックス君に向かって、「ヨーロッパを電車で巡る旅のどこがいけないの?」と言ったり、「ローマやフィレンツェやプラハやパリで芸術と文化に浸ってくる方がいいんじゃないの?」とも言った(まだキャンセルする時間の余裕はあった時点)。それは編集長が彼くらいの年齢の頃にやりたかったことなのだが、「そんなことはもっと幼い子がやるものだ」と笑いとばされた。

 ある友達は、「マックス君はきっと大丈夫!毎年何千人もの若者がやっていることなんだから」と。別の知人は、「素晴らしいこと。長い旅によって視野が広がるんだから」といぶかる。他には、「あなたには、分離不安と支配欲というもっと大きな問題がある。気持ちよく行かせてあげたら」と助言してくれた人もいたという。精神分析のできる4番目の相談相手は、編集長は単に嫉妬してだけではないかとまで言った。

 ヒックス編集長にとっては、マックス君はまだ19歳の無邪気で夢見がちな子供にしか見えない。彼はeチケットやら旅行保険やらトラベラーズチェックやら大きな救急箱やら、長旅に必要な装備をちゃんと管理できるか。街の中で近付かない方がいい地区がわかるのか。怪しい人や不法タクシーにひっかからないでうまくのりきれるか。マラリア予防薬を毎日同じ時間に忘れず飲めるか。そうだ、彼はインカ古道で高山を4日間もトレッキングできるほどスタミナがあるか・・・・心配や懸念は際限なく、大きくなる。

 そして、ヒックス編集長は、根底にある自分の「子離れの問題」に気づいた。自分は神経質で心配性でコントロールし過ぎな母親なのだろうか、たぶん。世界を恐ろしい場所だと捉えているのだろう。(夫は、心配はしているが一歩引いて見ているようだ。)

 これから旅立ちの日までもっと心配がひどくなるかもしれないが、不安で孤独なだけに終わっているのではない。自分たちでそう呼んでいるのだが、「ギャップイヤー母の会(The Gap Year Mothers' Club)」がある。息子が今同じ地域に行っているというある友達は「よくわからない心配と喪失感がある」をと話している。

 息子が(まともな仕事に就くのを完全に拒否して)東南アジアに行っていたという母親もいる。彼女は、お酒と笑うことが好きな息子がいつ事件を起こすかいつも心配していた。幸運にも、その息子はついこの間、とても痩せて肺の病気にも罹っていたが、無事に帰ってきた。それに比べて、自分の場合はただの別れが辛いだけだ。マックス君が最初に向かうキト空港は、「世界で最も危険な空港」と書かれている記事が、彼が飛行機の予約をした直後に出てきてしまったが・・・。

 編集長は何カ月も前から心の準備を進めてきたが、それでもこの数週間は何度もパニックに襲われ、この記事を書くことも胸が苦しい体験だったと言う。悲劇的なテレビドラマに異常に敏感になり、BBCのビレッジでグレース・ミドルトンの息子ジョーが夜明けに前線から逃亡しようとして発砲されたシーンで涙が流れてきた(もちろん、楽しいギャップイヤーに行くのと、第一次世界大戦の最前線に立つことは全く違うとはわかっているが)。

 これを読んでおられるJGAPの読者の中には、ヒックス編集長が単に取り乱していて、偏見すら持っていると思う方もいるかもしれない。南米は若者に畏敬の念を起させ、豊かな生態系があり、友好的で親切な人たちがいる場所だ。息子がアフガニスタンに派遣されるのとはわけが違う。

 しかし、母としてのヒックス編集長は、朝、息子が機上するときには、事前に調べた危険情報を彼に伝え、できるかぎりの忠告をするだろう。旅の間に立ちはだかるどんな困難も解決できる頭脳と肉体が彼にはあると信じ、「笑顔で行ってらっしゃい、楽しんでくるのよ」と言うに違いない。

 このところ友達とのお別れパーティ続きでスペイン語の勉強がおろそかになっているマックス君は、母の心配をよそにこう言うだろう。「今みんなで仲良く住んでいるルイシャムはイギリスの最も治安の悪い地区に挙げられているよね。そんなロンドン東南部でうまく生きていけるんだから、南米でも絶対大丈夫だよ」

 最後に、この記事は、母が息子のギャップイヤーに反対しているケースであるが、逆に、両親が自立を促し「おとなへの階段」を大学入学前に昇らせるため勧めることもある、念のため。


(文・吉武くらら @ドイツ)

JGAP総研

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