海外ギャップイヤー事情 米国編:「ギャップイヤーは変形学習?」の巻
米国の文献に「ギャップイヤーは変形学習(Transformative Learning)」という趣旨の文に出くわした。Weblioによると、「変形学習は、我々と我々をと取り巻く世界の変化、それも大規模で根本的な変化に関するものである(Merriam,2007)」とある。変形学習理論は、Jack Mezirowによって1978年に最初に開発され、その基礎は、精神分析理論と幾つかの重要な社会理論の上に成り立っている(Merriam,2007)。
変形学習は、より内省的で、よりクリティカルで(決定的な重要事項に焦点を置き、他者の視点により影響を受けやすいが防衛的でなく、むしろ新しいアイデアにより受容的な性質を持つとある。
一方、ギャップイヤーとは何か。一義的には、中上流家庭で、高校を卒業した後に大学入学を1年前後遅らせ、自分の生きる目的を見つけるための期間といえる。大学に入って飲酒や麻薬をやりながらフラフラして時間を無駄にするのではなく、国際プログラムに参加し「社会奉仕」することが多い。このようなプログラムは現在、米国でも一大ビジネスとなりつつあり(例:米国ギャップイヤーフェア)、17-20歳の白人中上流階級の子女をグアテマラやウガンダなどの発展途上国に送りだし、自分の力で、現地の人に経済発展を進める方法を教えたりする。
もちろん、これが全てではない。ギャップイヤーの本当の目的は、子供が家族や価値観、思い込みから離れ、自分の恵まれた暮らしに対して後ろめたさや罪悪感を覚え、その後の人生でもそれを感じ続けさせることだろう。この部分がトランスフォーマティブ(変形学習)と呼ばれる。
彼らは極東の宗教哲学を教え込まれる―譲ること、諦めること、ありのままを受け入れること、お返しをすること、他人に尽くすこと、自らを犠牲にすること、事実より自分の感情を信じること、謙遜、節制、寄付、ボランティア...そして、他人の夢を実現するために集団の一員として行動することを続ける。学生が理解する教訓の一つに、感情は情報よりも重要だ、ということがある。
情報はコンピュータの中にあるが、本当に大事なものは"心の中"にある。知識を増やす代わりに、感情で反応することを繰り返す。シアトルのアンティオック大学は通学しなくても単位化される。学長は、「アンティオック大学は従来の4年制大学ではない。私たちの根底にあるのは政治的、経済的、社会的平等のために奉仕活動と前進を続けることだ」という。ギャップイヤーの費用は、プログラムによるが、100万円(10,000ドル)から450万円(45,000ドル)もかかるものもあり、機会均等の点で玉に瑕(キズ)だ。
いずれにせよ、感受性豊かな高校卒業生が初めて両親から離れるのだ。グアテマラ、ウガンダやインドへ行って惨状を目の当たりにし、それを改善しようとする。ギャップイヤーでは、現地の人に貧困者向けのマイクロファイナンスを教えたり、5000人のシーク教徒の祭りを手伝ったりする。知識を得るのではなく、貧困と危険が最も深刻なところで、他人の生活状に一定の責任を持つ。
その教育が重要視するのは、次のような明らかな疑問だ。「支援金は、途上国に着いてから一体どこにいくのだろう?」地域的、国際的にわいろと企業化が国をますます貧しくしたことを目撃する代わりに、行きつくメッセージは、一つの地球、一つの家族、共通の未来という考え方が世界を強欲な人々から救うということになる。
換言すれば、ギャップイヤーの目的は、感受性豊かな学生のつながりを強め、家族や自文化との結びつきを断ち切らせる、一種のショック療法というのも一つの解釈だろう。
(文・吉武くらら @ドイツ、JGAP総研客員研究員)
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