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「喜望峰に立つ」(白井 耕平さん、武蔵大学=世界一周中、もうすぐ帰国)


手持ちのモバイルのアラーム音が、朝5時を告げる。

反射的に枕元へ手を伸ばし音を止めた。

それまで見ていた夢が記憶の中で曖昧になっていく

暗闇の中で上体を起こすと同時に頭の中が起動するのがわかる。

この懐かしい感覚はサッカーをやっていた頃の試合の日の目覚めと似ている。

携帯のライト機能を使って寝ていた二段ベットの上から下を照らし

同じドミトリーで寝ている他の人を起こさないように静かに階段を伝って下りる。

前日の夜に持ち物は全てリュックに詰めておいた、準備は万全だ。

とうとう、喜望峰に立つ日が来たのだ。

リュックサックを背負うと、音を出さないように慎重にドアノブをひねり
早朝の薄暗く冷たい空気の中へと出た、空を見上げると宙に月が浮いている。

コの字型に建てられてる宿の中庭に止めておいた自転車と共に宿を出た。

壊れて画面が映らないipodのスタートボタンをポケットの中で探し当てて、強く押す。

BUDDHA BRAND で"DON'T TEST DA MASTER"

偶然、この旅でひたすら聴き続けた曲が流れだすと

今まで見てきた光景がフラッシュバックする。

肌を刺す冷えた風が目の前に聳え立つテーブルマウンテンから吹いてきて

街灯はまだそのオレンジ色の明かりをその頭に燈している。

小刻みに膝が震えるのは寒さのせいじゃない

目の前の空間をじっと見つめて、「うっし」と呟いてみる

そしてサドルに跨りペダルを勢いよく踏み込んで走り出した。

片道約80km、ケープ半島の海岸沿いはアップダウンが激しい上に海風が強い

喜望峰へ行った誰もが「自転車は無理だよ、厳しいよ」と言った

そして同時に「行くなら、がんばってね」とも。

アフリカ旅4カ月の最終地点、喜望峰がある南アフリカまでは

カメルーンからは残念ながらフライトを使った。

あれだけ進む事それ自体に苦労した道のりの倍以上を

飛行機はあっという間に飛ばした。

そのあっけなさに、どこか虚しさや悔しさを感じていた事は事実だ。

それに加えて、ケープタウンから喜望峰までの道も

街の至る所でツアーが組めるというではないか。

もう肩すかしを喰らったも同然だった、感慨も何もあったモノでは無かった。

他人様の運転する車に乗っかって、何の不安も無く、障害も無く

飛行機で南アに着いたのと同じように、あっという間に喜望峰に到達するのだ。

こんなふざけた事があってたまるものか。

西アフリカの荒れた陸地を這いずり回ってここまで来たのだ

締まりの無い最後など許せなかった。

カメルーンからフライトを使った時点で折れかけてるちっぽけな意地を

どうにかして貫いてやりたかった。

そのせめてもの最後の意地が、自転車で片道80kmの過酷な道のりを行く事だった。

その道のりはチャリダ―初心者の自分には最初から厳しいモノだった。

まずテーブルマウンテンの間を越えていかなければいけないのだが

舗装されてるとは言っても、急角度の上り坂がかなりの距離で続く。

街灯が路面のアスファルトに光を落とす、その中で息を荒げながら

重たいペダルに全体重を込める、熱気が肺を満たして息苦しい。

もがきながらゆっくりとしか前に進めない自分を見守るのは

路肩に止められた、からっぽの車たちだけだ。

その窓ガラスに映った自分を一瞬だけ目で捉えると

苦しさに歪んだ顔でひどく不細工な男が自転車を漕いでいた。

なんとか首をもたげて顔を上げると、暗く重たい空を巨大なテーブルマウンテンが覆っていて

坂道は目視できるその先でカーブしていてどこまで続くのかわからなかった。

汗が伸び散らかった髪の先から垂れて鼻先に落ちる

辺りはまだ早朝の静まりを保ったままで、どこか不気味とも言える。

目線だけを再び前に持っていくと、坂道が遠くで途切れてる事に気付いて

ペダルをさらに全力で踏み込み続けた。

どうにか登り切った時、出発時より少しだけ明るくなっていて

登って来た坂道を振り返ると、ケープタウンの街並みをうっすらと太陽がオレンジ色に染めていた。

また1つ忘れられない情景に出会えたな、と思うと

僕はそんな光景をこの目に一体いくつ焼き付けたのだろうか

数え切れないほどの景色がまるで写真のように脳裏に浮かび上がってくる。

「上りがあれば、必ず下りがある」

何かの人生の教訓のようだが、事実物理的に登ったら下るのである。

岩肌がむき出しで頂上がテーブル状、ということでテーブルマウンテンといわれる

その裏側へと続く道は海岸線沿いの下りだった。

右は海、左は反り立つ岩山、その間を強い海風に吹かれながら駆け下りた。

風を切る音が耳元で鳴り響き、誰もいないガランとした住宅街の景色を視界の後ろへと流していく

登りでむせ返りそうになるほど体中にまとわりついた熱気を洗い流すかのように

海が運んでくる空気のシャワーを全身で浴びた。

カモメが海風の上昇気流に乗ってふわっと伸びやかに飛んでいくのを見上げた。

走り始めて約5時間が経過して、たび重なる上り坂に膝が震え始める

小さな町に入ったところでガソリンスタンドに自転車を止めて休憩を取った。

スタンドに併設されてるショップで飲みモノを買い、道端に座り込む

いつも通りのコカコーラがいつになく沁みる。

疲れで頭が真っ白な中に浮き上がってくる今までの旅の記憶

そしてこの旅で感じ続けてきた自分の無力さに対する怒り

痛いほど弾ける炭酸と一緒にそれを飲み下して、また走り出した。

ケープタウンの中心街から離れてみると、かなりの数のスラムをみる事ができる。

西アフリカで見てきた木の板のツギハギではなく

こっちではトタンの組み合わせか、コンテナのようなモノに住んでるようだった

スプレーペイントのラクガキがされた小屋が立ち並ぶ

仕事の無い奴らが路上でだべってる、もう見慣れてしまった風景を横切る

何も感じなくなった、なんて想いたくない、目を逸らしたくない、と思い続けた。

アジア人が自転車でこの辺を通るのは珍しいのか、やたらと声をかけられる

裂けたTシャツに破れたジーパンの男とすれ違った

悪意のない、無邪気な笑顔で、中指じゃなくて親指を立ててくれる

通り過ぎるその一瞬、その目を見て僕も笑いかけて親指を立て返す。

次の瞬間、ペダルを踏む両足が一気に軽くなり、身体の内側から湧き上がるモノを感じた

陽の光が路面に差し込んで、静かに揺れる街路樹の間を流れるように抜けていく

恐らくはあのスラムの住民であろう男から

"バトン"を、受け取った気がした。

疲れや湧き上がる怒りでネガティブに沈みかけてた脳内に

駆け巡る電撃のようなドーパミンと爽快感。

並木道のその先を越えて、目の前に広がる真っ青な入江に向けて長い下り坂を駆け下りた。

全行程の4分の3に近づいた頃、遠くに港町が見え始めた。

喜望峰のあるナショナルパークに最も近い町、サイモンズタウンだ。

多くの船舶が海岸沿いに停泊していて、その上をカモメが飛び交っている。

海の色は深い青に白い砂浜が映えて、その向こうに洋風な町が広がっていて

とても心地よく、景色のいい町だった。

しかし出発してから約9時間以上が経過していたこの時点で

両足のふくらはぎと腿裏はつって痙攣し

また長時間のツーリングに慣れていないため、サドルに座れないほど尻が痛くなっていた。

仕方がなく自転車を降りて押せども、足が前に出ない。

通常時に比べて確実に歩幅が狭く、膝も上がらない

周りに広がる美しい風景の中、まるで足枷を嵌められたような自分が滑稽だった。

いつの間にか太陽は青く光る空の真上に来ていて強い日差しを降らせて

身体中から汗が噴き出るほどに暑い。

後ろから追い抜いていく車の窓から白人たちが不思議そうに僕を見ている

「なぜこいつは自転車に乗らず押してんだ?」とでも思ってるのだろう。

目線を上げるとケープ半島の海岸沿いに高々と岩山が連なって先へと続いている

どれだけ目を凝らしても先端は見えそうにない。

通りすがりの人に喜望峰までの距離を聞くと

おどけた顔ではっきりとこう言った

「ここからだとあと30kmあるぜ!!それも上り坂がほとんどだ!!」

それを聞いた瞬間、脱力感が降りかかってくるようだった。

途方もない徒労感がさらに足取りを重たくさせて苛立つばかりになる。

しかし大学1年の自分を見失って、ひたすら苛立っては立ち止まってた時とは違って

疲れや苛立ちを覚えても歩みを止めずに20cmでも前へ進む

その"理由"が、今の僕にはあった。

西アフリカを突破して、喜望峰に立つ。

自己満足で全てが完結する、シンプルな理由。

単純で自分次第なだけに、躊躇はなかった。

生きてる目的や理由がある、それだけで去年の自分とは大きく違っていて

尚且つ、日本からここまでとにかく進んできたんだという事実が

意地となって自分を支えた。

サイモンズタウンからは、ほとんど自転車を押しながら上り坂を進むしかなかった。

ナショナルパークエリアに入ると景色はさらにシンプルになっていく

右には相変わらずの岩山とその表面に背の低い植物が生えている

目の前には蛇行しながらも先へと続いてるアスファルトの道

そして空は、ただ、ただ、広い。

突き抜けるような空に掲げられた太陽が立ち止まりそうな僕を見ている。

路肩に立てられた看板を見つけるたびに地名を確認して地図を広げては

喜望峰までの距離を測って、「あと少し、あと少し」と呟く。

一日中海風に当てられたせいで、顔の皮膚がザラついてムズかゆい

試しに指で頬の表面をこすって舐めてみると、濃い塩の味がした。

それがきっかけになったのかどうかわからないが

自分の感性が"開いている"と感じ出すと

ただ進路を遮るだけに思えていた強い海風にリズムを感じるようになった

揺れるように吹きつけては背後へ抜けていくテンポを掴んだ。

舐めた塩のしょっぱさの中にかすかな風味のある苦みがあった。

視界に広がる単調で変わらないように見える風景を

ぼんやりと眺めるのではなく細部に目がいくようになると

木々の葉の形、ガードレールの歪み、遠くに見えるカーブまでの距離まで

様々なモノを丁寧に認識するようになった。

さざ波の音にかき消されそうな鳥のさえずりを受け取ると

歌いたくなって「カントリーロード」を鼻歌で口ずさんだ。

疲れで脱力しきった身体が自然体で透明な感覚がして不思議な気分だった。

陽がかなり傾いてる事には、とっくに気づいていた。

でも気にならなかった、とにかく自分と自転車を気力で前へと押し出すのみだった。

ジグザグの急な上り坂を上りきって振り返ってみると

背の低い草が一面に広がってその下に今まで歩いてきた道が続いていた。

少し先にエントランスらしき門構えの建物が見えてきて

そこへと少し急いで歩み寄ると、そこは喜望峰へと続く公園の正門だった。

入園料金を払おうと係員に声をかけると

「閉門時間は7時半、今が6時半。自転車で入っても時間までに戻って来れないからダメだ」

そして「ここから喜望峰まではあと12kmある」とも。

身体が万全であれば、自転車を漕いで往復24kmを時間内に戻ってこれただろう。

しかしこの時の自分は満身創痍だった、今にも崩れ落ちそうなほど膝は震えていた。

日はアフリカを経つフライトが待っていて、今日中に帰る事が前提だった。

そして係員は続けてこう言った

「明日来い、今日はサイモンズタウンから電車でケープタウンに帰れ」と。

僕に、明日はない。

フライトは逃せない。

しかし喜望峰までたった12kmという、目の前まで来て帰らなければいけないのか?

「終電は何時?」と、とりあえず食いさがって聞いてみる

もしヒッチハイクが可能なら門の前で終電ぎりぎりまで車を待ってればいい。

「7時ぐらいだからそろそろだぞ」

その思いつきも一瞬で打ち砕かれた。

今から30分以内に15km以上の距離があるサイモンズタウンに戻らないと

約12時間かけた道のりをボロボロの身体で引き返さなければいけなくなる。

悩む時間は無かった。

約5時間以上押し続けた自転車にまたがって、ペダルを踏んだ。

行きが上りだったなら帰りは下りが続く

サドルに座らず立ち漕ぎで今まで上って来た急斜面を駆け下りた。

湧き上がる感情の熱と共に涙がボロボロとこぼれて視界がぼやけて

足に千切れそうな痛みを感じながらも全力疾走でペダルを踏み続けた

むせび泣く自分が、坂を下っている自分が、情けなくてしょうがなかった

喜望峰からなぜ自ら遠ざかって行ってるのか理解できなかった。

人生最大の挑戦のラストは、タイムアップというカタチで終わったのだ。

僕は"また"届かなかった。

サッカーも恋愛も受験も、そして今回も

届かずに、成し遂げられずに、終わった。

しかし、旅も人生もまだまだ続く。

自分のチカラで何かを、日本で必ず、届かせる、成し遂げてみせる。

あの届かなかった喜望峰にそう誓った。

「我、到着セズ」

白井耕平さん(武蔵大学人文学部=2年次休学中、世界一周中)
エッセイ集 フロンティア・フォーラム寄稿No.69:「『生き方』を変えていく旅~3月11日生まれの僕」 
http://japangap.jp/essay/2012/06/311.html
ブログ:http://amba.to/XniWbn