海外ギャップイヤー事情 米国編:「揺り籠→大学→仕事場→墓場("Cradle to College to Cubicle to Cemetery" cycle)サイクルを断ち切ってのギャップイヤー!」の巻
米国に「グローバル・シチズン・イヤー」という"ギャップイヤー社会起業"(注1)がある。大学入学前の高校卒業生に、海外での社会貢献活動を通じて、いわば「グローバル人材」を育成する事業をしている。
(注1)大学入学前の高卒者に、1年の海外ボランティアを提供する米国・社会起業「グローバル・シチズン・イヤー」の快挙!-代表ブログ http://japangap.jp/blog/2013/05/-npo-08-100-blogos1030-pbl-comfort.html
そのサイトに、今年エクアドルに派遣されたばかりの"ギャップイヤー生(現在は高校生でも大学生でもない。ニューヨーク大学を1年入学延期)"のエッセイが掲出されている。タイトルは、「ギャップイヤーを"空白の1年"と呼ばない」。要旨は以下の通り。
日本のJGAPに遅れること1年、2012年に設立された米国ギャップイヤー協会(AGA)によると、米国では高校卒業生のうち、大学入学前にギャップイヤーを取るのは全体の1%だけ。アメリカ社会は「大学」の存在にかなり影響と製薬を受けている。
学生は自分の勉強したいことを無理に鋳型に押し込めようとする。統一化された試験のために、どんどん早くから準備を始めるようになっている。自分の知性を「ランキング上位の、良い」大学に行くことで示そうとする。このギャップイヤー生も、大学への出願手続きを進めていた時は、自分のことを数分調べるに過ぎない知らない誰かに対して、他の出願者より目立って、競争に勝つことだけに懸命という考えにすっかり染まっていた。―入試なんて、誰かがたった数分間で自分の人生についての500字位のエッセイや履歴書を読んで生き様を「理解」するだけのものだと思うようになった。
大学に入ることが自分の生き方を支配していて、大学入学で人生は終わりであるかのように感じていた。そんな状態で大学に入学したらどうなるだろうか。通い続ける理由が見いだせない。実際、高校の終わり頃には、すでに全ての物事をいい加減にこなすようになっていた。大学のために良い成績を取る機械のように働いていたので、いざ大学に入れたら、もうそれ以上働かなくていいと感じた。それまで人生の全てを、大学への出願書類(履歴書)を立派にすることに費やしてきたとしたら、大学に入った後は、一体何を目標にすればよいのだろう。
大学がやりたいことをうまくやるための"手段"にすぎないと気がつかずに、大学入学が目的のように生きていた。充足感を感じられず、自分の人生にもっと意味を見つけたかった。「揺り籠→大学→仕事場→墓場(Cradle to College to Cubicle to Cemetery" cycle)」という流れを断ち切ってギャップイヤーを取りたなったという。
人は比喩的に「ギャップイヤー生(gap year student、"空白の年がある学生"と韻を含んでいる)」と呼ぶことが多いが、まるでアリ地獄にはまって、今後正規の教育に戻るつもりはないことを表すような表現だ。だから、自分のやることを「ブリッジイヤー」と呼びたいと考えている。向こう岸の大学で学問を続ける前に、自分が本当は何者なのか自覚し、普段の自分についてより深く知りたいというのが今回の海外社会貢献活動の動機だ。
これは人生を振り返り、評価し、自分は何を学ぶべきか考え、勉学への強い情熱を手に入れるための1年なのだ。教育の途中で休みを取る人は、誰もが自分のための橋を架け、そして渡っているのだと思う。自分のやりたい活動を追いかけ、人生の新たな一章に踏み出す。
現在1%しかいない、米国でのギャップイヤー(ブリッジイヤー)を取る学生数は、急速に増加してきている。実際、現在では多くの大学がギャップイヤーを評価し、支援を表明している。ミドルベリーカレッジの調査では、ギャップイヤーを取った学生は、良い成績を取る傾向にあり、今後の人生をどうしていきたいか目的意識を持っているという結果が得られた。
ノースカロライナ大学チャペルヒル校には、最近、国際的なギャップイヤー・プログラムを開始するために150万ドル(1億5千万円)の寄付が寄せられた。ニューヨーク大学(NYU)では、新入生は全員入学延期が出来る機会が与えられている。プリンストン大学はブラジル、中国、インド、ペルー、セネガルでの独自のギャップイヤー・プログラムを用意している。教室外で高等教育を受ける機会(higher education outside the classroom.)としての"ブリッジイヤー"という運動が普及してきている事は間違いない。
しかし、彼は大学に戻った場面の悪夢を時々見ると言う。考え方の大変化は自分に何をもたらすのだろうか。赴任地であるエクアドルの文化にどっぷりつかり、スペイン語を話し、英語を教える経験はレポート、教科書、中間試験と期末試験の日々に戻った時どう役に立つのだろうと考える。
高校にいた時は、エクアドルに来るという選択はとても筋が通っていると思えた。しかし今、自分はどうしてここにいるのか時々問いかけずにはいられない。日々ここで新しいことを学び、より人生の意味と目的をつかんだとしても、この1年が今後の学生生活にいくらか影響を与えるのか、いつも考えてしまう。学校の外で過ごすことが、今後学生や研究者としての自分をどのように変化させるのだろうか。この運動を支える団体と人々を信頼している。先輩の経験談を信頼している。あとは、時が経てばわかるだろうと考えている。
エクアドル・キトでのトレーニングで、各自"ブリッジイヤー"に対する決意表明(vision statement)を書いた。彼の目標は、心の奥深くにろうそくを灯し、自分の世界を照らすというものだ。仲間を、教え子を、受け入れてくれる地域の社会を照らすために。道のりはずっと平坦ではないだろう。諦めそうになって灯りが揺らぐ時も沢山あるだろう。人生がどんなに大変に思えても、火を消してしまいたくはない。
それぞれの決意表明の中の大切な言葉が載っている。これが自分を信じられなくなったときに推進力になる。仲間の言葉が、私に自信をくれる。これがあれば、毎日やっていけると思う。
最後に、彼の1年先輩で、このエッセイを読んだ今年米国に帰還した女性の言葉が素敵だ。
「なんて思慮深い出だしなんでしょう。私は帰還して半年だけど、君が提示した問題に依然立ち向かっている。決してやさしい問いではないので、慈しむことが大事。疑念、湯ね、日常の冒険ーーーいずれもなりたい自分に近づくことに貢献するでしょう。
仲間がかつて私に言ったわ、私たちは必要な場所にいる。そして、この哲学があなたを謙虚にするなら、素晴らしいことがきっと起こる」。
(GCY)
http://globalcitizenyear.org/updates/this-is-not-a-gap-year/
(文・吉武くらら @ドイツ)
JGAPギャップイヤー総研
※「海外ギャップイヤー事情」70記事の一覧リスト(右ナビ)→http://japangap.jp/info/cat44/

