JGAP寄稿者短信:「スイス・チューリッヒの終末医療事情 ~自殺幇助団体EXIT代表インタビュー。人間最期の選択を考える」(檜垣賢一、学習院大学3年=米国NY州立大学オールバニ校留学中)![]()
スイス最大の都市チューリッヒでは、自分が癌などによる不治の病にかかり、助かる見込みがない場合、意識があるうちに自分で死にときを選び、肉体的に苦しむことなく、生の終わりを迎えることができます。
これは自殺幇助(自ら死ぬことを他者が手助けすること)というサービスなのですが、スイスでは多くの自殺幇助団体が存在し、人々の生活の一部となっているようです。
この度、スイス国内最大の自殺幇助団体EXITの代表ベルンハルト スッター(Bernhard Sutter)さんからお話を伺うことができました。
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[インタビュー]
檜垣「スイス社会において自殺幇助という考え方はどれほど市民に受け入れられているように感じられますか。」
スッターさん「自殺幇助という考え方そしてEXITという団体は、スイス国内ではおそらく今や子供でも知っており、社会の一つの構成物になっていると思う。そして、2011年チューリッヒで行われた 自殺幇助の是非を問う国民投票では9割の市民が賛成した。スイスでは珍しく国民投票が認められているが、そこで賛同が得られたということは、やはり市民が自殺幇助を権利の1つとして当然視しているように思う。」
檜垣「自殺幇助団体の役割、そしてEXITが設立されて以降の社会の変化はありましたか。」
スッターさん「自殺幇助が法として認められたのは1893年のことであり、今から100年以上前のことだ。しかし、それまでは自殺幇助を受けようと思っても多くの困難があった。たとえば、医者の精神的負担の大きさだ。末期の癌患者が医者に自殺幇助の相談をしても、医者は自分の手により人を死に至らしめることに対して躊躇することが多く、精神的負担となっていた。 また医者や患者を含め多くの市民にとって生の終わりを考える機会が今より少なく、人々の心の準備という面でも環境が整っていなかったように思う。
そして、1983年に自殺幇助団体であるEXITが誕生して以降大きく状況が変わった。
医者と自殺幇助を望む市民の間の仲介をEXITが行い、また苦しまずに死ぬことができる薬もEXITが調達するため医者が直接患者に渡すことはなくなり、医者の負担が大きく減った。また社会に自殺幇助という考え方そして自殺幇助団体の存在が市民の間に浸透し、健康体である普段から生の終わりを考える機会が増えた。そして、自殺幇助という人生の終わり方が人々の間で当たり前の一つの選択肢としてなってきたように思う。」
檜垣「どのように自殺幇助は行われるのですか。」
スッターさん「普段みなさんが利用している飲み薬とまったく変わらない。もしその方の体が麻痺している場合は、注射による処方となる。自殺幇助とあるように、最終的には自分の意思で行うことが前提となるので、意識のない人の場合は特別な意思表明等が事前にない場合行うことができない。」
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2015年 1月5日 スイス チューリッヒ EXIT本部にて
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このインタビューを元に、チューリッヒ市民に話を聞いてみました。
驚くことに、スッターさんのお話の通り、自殺幇助そしてEXITの知名度はとても高く、若い世代からもちろん高齢者まで、多くの市民に認知されていました。
ただ多くの市民にとって、自殺幇助制度に賛成できるかどうか聞いてみると、なんとも言えないという返答が多い一方で、権利としては持っていたいとの返答が大多数でした。
今や日本では、もっとも人口の多い世代である団塊の世代が70歳近くになろうとし、超高齢化社会を迎えつつあります。
その中で、医療技術の進歩の恩恵として平均寿命が男女ともに80歳近くとなり、長生きできる時代にもなりました。
しかし、その一方で「なかなか死ぬことができない」問題も顕在化しつつあります。
たとえ意識が蘇る可能性がない植物人間となったとしても、身体中に医療チューブが装着され、呼吸も食事も排泄もすべてそのチューブから行われるといった延命治療が行われ、いつまでも最期を迎えることができない状態のことです。
また死ぬことの怖さよりも、死ぬまでの苦しみに恐怖を覚えている人も多いのではないでしょうか。
個人的なことを言えば、僕の祖父は胆嚢癌を患い、
「早く死なせてくれ」と叫び、苦しみ、 やせ細り、そしてこの世を去っていきました。
当時中学1年生の13歳であった僕ですが、今でもその光景は忘れることができません。
もし苦しむ以前に、自らその時を決めることが出来たらと思うこともしばしばあります。
超高齢社会を迎える成熟社会日本。
倫理観に関わるため、 タブー視されがちなトピックですが、誰もが死を迎えることには変わりはありません。
以前、インドでマザーテレサが創設した"死を待つ人々の家"等でヴォランティアをした際の記事でも同じようなことを書きましたが、終末医療で最も大切なことは、その日を迎える人が幸せな思いを持って
旅たつことができる環境を整えることだと僕は思っています。
そう捉えると、 一人一人の意思を最大限尊重できる環境を整えることが喫緊の日本の課題です。
どうやってその日を迎えるのか。
一人一人の生活をより豊かにするために、日本という国がもっと個人の幸せを守る国になるためにも、自身の"生の終わり"を一人一人が考える。
その時宜はまさに今ではないでしょうか。
自分がその立場になる前に
自分の生涯の締めくくりを真剣に考えてみませんか?
[参考]
・EXIT website: [http://www.exit.ch/en/]
・インドで考えた終末医療のあり方
→[https://www.facebook.com/kenichihigaki0921/posts/587468227961016?pnref=story]
以前、インドでマザーテレサが創設した死を待つ人々の家でボランティアをした際の記事です。
(関連記事)
JGAPエッセイ集 フロンティア・フォーラム「道がないところに道を作る。」(檜垣賢一さん、学習院大学3年=米国NY州立大学オールバニ校留学中)
http://japangap.jp/essay/2014/11/3-5.html
Website「多様性の中の共存を目指して。」:http://www.kenichihigaki.com/
1月22日付JGAP寄稿者短信:「すべての人にとって住みやすい街を目指して~バリアフリー社会 北欧フィンランド・ヘルシンキ」 http://japangap.jp/info/2015/01/jgap3-4.html

