JGAP寄稿者短信:「 幼稚園でのボランティアを通して幼児教育を考える~名門モンテッソーリ幼稚園で観たもの」(檜垣賢一、学習院大学3年=米国NY州立大学オールバニ校留学中)![]()
(1) 幼児教育の重要性と現実の難しさ~三つ子の魂百まで
モンテッソーリ幼稚園でボランティアを始めて2週間が経ちましたが、次第にこれまでにはなかった現場の視点が見えてきました。その経験を基に不定期にレポートを書いてみようと思います。
今日は第1回 「幼児教育の重要性と実際に教育することの難しさ」について書いてみます。
僕が今週一ペースでボランティアをしているモンテッソーリ幼稚園(注1)は、3歳から6歳までの計11名の子どもたちが毎日通っています。みんなとても元気で、疲れを知らず、いつも僕(21歳)の方が先にくたびれてぐったりしてしまう日々です(笑)
幼稚園の毎日は、平和的にみんなで楽しく遊んだり勉強をしたりするのですが、時にはケンカが起こったり利己的に行動し他人を困らせることがあります。
![]()
たとえば、先週のことですが、女の子2人がパズルで遊んでいた際に大げんかが起こりました。ある女の子Aちゃんがもう一人の女の子Bちゃんに対して、持っていたパズルのピースを見せてと頼んだのですが、Bちゃんは「嫌だ!」と言って断り、そのことにカッとなり怒ったAちゃんがBちゃんを叩き、殴り合い蹴り合いの大げんかに発展しました。すかさず僕はケンカを止めるために2人の間に入ったのですが、とばっちりをくらい僕まで殴られたり腕を引っかかれたりと・・・そこで感じた力は凄まじく「この子たちは、感情に任せて本気で暴力を振るっているな。」と恐怖に近い感情を覚えました。
小学校に入る前の子どもたちはまだ正しいことと間違ったことの善悪の判断がしっかりと身についていないことが多く、今回紹介した件のように、本能的な感情に突き動かされて人に暴力を振ったり、後先のことを考えないで行動することがしばしばあります。
僕は幼児教育で子どもたちが学ぶ大事なことの1つは、「善悪の判断を自分で考える力」を一人一人が持つことにあると思います。
この善悪の判断ができることが、人間と動物の決定的な違いであり、人間の優れたところです。
![]()
1人1人が社会の一員として平和的に暮らすためには、たとえ他者との意見の相違があったとしても、本能的で一時的な感情に溺れず理性に基づいて行動ができるように、善悪の判断ができる力を身につけていかなければなりません。
もしこの判断力を身につけず、子どもたちが大人になってしまったらどうなるのだろうと想像してみてください。今回は小さな子どもであったからこそ、暴力を振るってもまだ止めることができて大きな事故にはなりませんでしたが、筋力も発達した大人になるとそうはいきません。大きな事故に繋がりかねません。
またこの善悪の判断を小さな頃に身につけること自体にも大きな意味があります。というのも、小学校に入るまでの3~6才までの時期に、その子が大人になってからも変わらないような性格や人格といった心の成長が行われるからです。
日本には「三つ子の魂百まで」(3歳くらいの幼い頃に身についた性格は100歳になっても変わらない)ということわざがあるように、昔の時代からそのことが言われ続けそして現代の僕たちにも伝わってきています。
文部科学省のホームページでも、幼児教育の重要性について「人の一生において,幼児期は,心情,意欲,態度,基本的生活習慣など,生涯にわたる人間形成の基礎が培われる極めて重要な時期である。」と記されています。(a)
しかし、実際に子どもたちに「善悪の判断をしなさい」ということを伝えるのはなかなか難しいものです。相手が大人であれば「一時的な感情に動かされずに理性を保ちなさい。」と言えますが、なかなかこのことを理解できる子どもは多くありません。
その代わりの諭し方として、よく「言うことを聞かないと、お父さんに言うからね!」など、子どもたちにとって怖い存在である人(絶対的権威)に頼り、脅すといった方法がありますが、僕はこのやり方には疑問を持ちます。
これでは子どもたちが暴力を止める理由が「お父さんに怒られないため」になってしまい、結局子どもには「どうして暴力に頼ってはダメなのか」がわからないまま、また同じことを繰り返してしまいます。
そこで必要になってくるのが、簡単な言葉を使いちゃんと1つ1つ理由をつけて説明するということです。
![]()
たとえば、先ほどの喧嘩では、「どうして人に暴力をしてはいけないと思う?」や「もしBちゃんがAちゃんを叩くと、Aちゃんはどうなる? 逆に自分がされたらどう思う?」といったように、自分で答えを見つけれるようにことを運びます。なかなか興奮した子どもたちとこういったやり取りをするのは難しいのですが、そこは先生(または親)の我慢です。子どもたちの興奮が収まるのを待ちちゃんと諭す、もしくは辛抱強く話しかけるなど工夫が必要です。最悪なのは、ほったらかしにすることで、その時はそれで解決するかもしれませんが、暴力を振るうことがダメだということが結局分からずじまいになってしまい、また同じことが繰り返されてしまいます。そうして、気づけば善悪の判断がつかないまま大人になってしまったでは取り返しのつかないことになってしまいます。
善悪の判断ができる力を心の中で育てることができるかは、幼児教育の段階でしっかり大人が伝えることができるかどうかにかかっているように思います。
いや、こどもの教育は難しい!
けど、逃げたらダメだ。
参考:
(a)文部科学省 中央教育審議会
「子どもを取り巻く環境の変化を踏まえた今後の幼児教育の在り方について」(答申)
→ [http://www.mext.go.jp/.../ch.../chukyo0/toushin/05013102/002.htm]
注1:
一人一人の自主性を最大限に尊重したモンテッソーリ・メソッドと呼ばれる教育方法を導入した幼稚園です。
モンテッソーリ教育の特徴は、
・子供の自主性を尊重させるために、学びを強制させない。
・約4~6歳の子供が同じクラスで学びあう。
・強制的な教育より、経験的な学びを大事にする。
・教室には、子供の知的好奇心をくすぐるような教具が揃えられている。
などあります。
(モンテッソーリ幼稚園の内部)
![]()
歴史上ではアンネフランク、さらに現代ではGoogleやAmazonやWikipediaの創設者、さらにはイギリスのウィリアム王子がモンテッソーリ教育を受けたことで有名です。
モンテッソーリ教育は、子どもの個性を最大限活かす教育として以前紹介したレッジョ・エミリア教育と同じくイタリア発祥で、さらに子供の知的好奇心を尊重する点では共通します。
これから日本の教育を考える上で、学べることが多いと思い、この幼稚園を選びました。
(関連記事)
JGAPエッセイ集 フロンティア・フォーラム「道がないところに道を作る。」(檜垣賢一さん、学習院大学3年=米国NY州立大学オールバニ校留学中)
http://japangap.jp/essay/2014/11/3-5.html
Website「多様性の中の共存を目指して。」:http://www.kenichihigaki.com/
1月22日付JGAP寄稿者短信:「すべての人にとって住みやすい街を目指して~バリアフリー社会 北欧フィンランド・ヘルシンキ」 http://japangap.jp/info/2015/01/jgap3-4.html
ブログ「井の中の蛙、大海を知る。」
→[http://www.kenichihigaki.com/#!blog/c831]

