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JGAP寄稿者短信:「耐えるに値する本当の『根性』とは~なぜたった2行のツイートが大反響になったのか!?」(田島麻衣子、国連職員)
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※田島麻衣子ブログからの転載

 先日ふと心に浮かんだ左の言葉を自然にtweetした所、4600人以上の方からの反応を受けました。何故今この時代に、「根性」という言葉が人の心を捉えるのか。これを機会にもう一度考えてみることにしました。

「根性とは、自分が選んだ本当に達成したい事と、粘り強く向かい合う姿のこと。誰かに決められた事を、苦しみながら耐える力ではない。」たった2文の言葉です。

 考えてみれば「根性」というこの言葉は、中高の部活や受験勉強また会社などで良く使われる言葉です。高校で体育会を少しだけ経験した私にも経験があります。集団生活の中では、苦難に屈しない精神さえあればどんな目標でも達成できる、という精神論の中で良く用いられ、「根性を出せ!」「根性を見せてみろ!」と主に他者が本人に語りかける(又は叱る)形で使われます。逆に「私はどうしても根性を身に付けたくて」と悩んでいる人を見かけることはありません。どうやら今の日本社会で「根性」を要求するのは、当の本人ではなく、他者であるようです。

 こうして「異常なまでの努力」といった意味で使われることの多いこの「根性」という言葉ですが、辞書で定義を調べてみると、「その人の本来的に持っている性質」と出てきます。今の言葉のイメージとは真逆ですが、語源はなんと仏教用語にあり、「仏の教えを受け入れられる能力や器の浅深のこと」が根性だそうです。2500年も時間が経つと、言葉の意味も随分変わるものですね。

 そして、私はこの元祖の意味での「根性」こそが、人生で耐えるに値する真の根性だと思っています。すなわち、その人が人生で本当に成し遂げたい事を理解して、それと粘り強く向かい合う様です。他者の異常なまでの要求に耐える力ではありません。両者の明らかな違いは、

①目の前の困難が自分の幸せに繋がっているかという点、
そして
②困難を選ぶ主体(他人か自分か)にあります。

 今もし「根性」という名の下に、周囲のプレッシャーに負けそうな人がいたとしたら、もう一度この言葉が持つ本当の意味と、自分のやりたいことを考えてみると良いと思います。意味のある努力は、自分の幸せのために自分で選ぶ必要がある。私はそう思っています。

※本記事に記された見解は著者個人のものであり、所属組織の見解を何ら反映するものではありません。


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