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 留学前のお話です。

 大学を6年間で卒業するとなると「お前は留学行った後どうするんだ?」とまあいろんな人に聞かれてきるわけです。いやー。将来のやりたいことを昔から推移して考えてみた。

0~4歳 不明。
5~7歳 トイザラスの店員。ゲームに囲まれて幸せ(可能だが...)
8~10歳 プロ野球選手。パワプロのサクセスで熊谷という選手を作り続ける(ゲームと現実は違うか...)
10~14歳 錦織圭(おれ硬式じゃなくて軟式テニスやってること忘れてた...)
14~19歳 夢とかってうすっぺらくね?イケイケになればそれでよくね?(黒歴史...)
20~21歳 テレビ局入って、アメトークみたいな番組つくりたいっすよね。(なんか違う...)
22歳 勉強したい

 おかしいだろ。一番最後のやつおかしいだろ。

 というわけで大学院の進学を留学前(留学する5日前くらい)に決めました。これにもいろいろな経緯があるんですけど、一言で言えば「勉強したい」という理由になりますね。しかしながら、道のりを見通す限り結構鬼畜そうです。僕現在はアメリカの歴史社会学で、行きたい大学院はメディア・社会学。被っている部分もあるっちゃありますが、メディア文化論の教科書を読む限り・・・全然シラナイ理論ばっかり・・・。つまり、子犬が大学院を受験するようなものです。(これは盛り過ぎ)という訳で現在しっかり留学先の勉強と大学院の勉強を平行してやってます。

 そもそもなんで大学院にいこうと思ったのかはたくさん要因があります。今まさに留学しているんですけど、留学と大学院進学のプロセスがちょいちょい被っています。物語2年半ほど前から。

2012年5月(大学院:0% 留学:5%)
 世界一周中ニューヨークでのホステルでアメリカ人と話している最中に聞き取れなかったので「What?」って二回ほど聞き返したことがきっかけです。(?)返答してくれたんですけどそれでもおれは理解できなくて、そしたらアメリカ人が「これだから日本人は・・・」みたいな顔して去っていきました。これがすごく悔しくて「やつを見返すために英語を話せるようになりたい」と思った。

2012年9月(大学院:0% 留学:10%)
 世界一周から帰国して、「英語話せたらもっと楽しかっただろうな」とふと思った。

2013年4月 (大学院:0% 留学: 50%)
 あっという間に自分が就活する立場に。「人々を幸せに」とか意味わかんねえうさんくさい理由でテレビ局に入りたいとか思った。ある日の飲み会でとある社会人(今は社長)に「視野狭すぎ。うすっぺらい。志望動機がきめえ。ってかまだ21歳なんだから選択肢広げる時期でしょ」と言われ、変に納得し、10%だった留学が急に50%になる。(ちなみに僕は決断力の早さで有名)

2013年5月(大学院:0% 留学: 60%)
 財布が不況に見舞われ、節約を余儀なくされる。そこで、「稼ぐのではなく、既に払ってしまったものに対して敬意をはらって有効活用しよう」とかいうよくわからない熊谷理論発動。大学に支払っている年間53万円を最大活用できないかと考えた結果、交換留学という結論に至る。(これは今考えると謎)

2013年6月(大学院:2% 留学: 70%)
 大学に復学した訳ですが、「勉強が楽しい!」「本読むのが楽しい」とか思い始める。帰省したときに妹に「ゆうすけ本読んでる(苦笑)」と言われた。

2013年9月 (大学院:2% 留学: 80%)
 とはいえ英語が苦手な僕。というか言語が苦手。留学きてもドイツ人に「お前は言語話せないよね」と言われるくらい。そこで夏休みに英語を必死に勉強して志望交換留学先の条件である点数をとる。

2014年1月(大学院:30% 留学: 100%)
 交換留学先への推薦がきまる。ここでほぼ留学いくことは決定。留学関連(奨学金の申請など)で自己推薦書を書く機会が増えて、自分はなんで留学したいんだろうと考える。そこでは「○○の勉強がしたい」と何度も書いていた。絶対「ニューヨークで外人に馬鹿にされたんで悔して交換留学を希望してます」なんて書けない。ただその勉強がしたいって理由もあながち間違ってない。さらに、ぼくらの研究室は3年の時に疑似卒業論文みたいなのを書かされます。周りの人と「ひーひー」いいながらも内心、「なんか楽しい。」とか思っている自分がいて勉強嫌いを克服していることに気がつく。

2014年5月(大学院:40% 留学: 100%)
 自己推薦用ではなく、自分の中での留学いく意義を見つけるべく、ひたすら考える。大学院の案が僕の脳の半分を埋め尽す。

2014年6月(大学院:70% 留学: 100%)
 今やっているニュースメディア Credo の編集長と出会う。解説記事を書き始める。楽しいって思い始める。それと比例して自分の知識のなさに絶望する。NHKの元アナウンサー堀潤さんとあるイベントで出会った。帰りの京浜急行で一時間ほどいろんな話しをしてくれた、勉強のモチベーションがまたあがる。

2014年8月(大学院:95% 留学: 100%)
 とあるベンチャー企業で1週間インターン。いろいろとほめられることも叱られることもあり良い経験。内定直結型のインターンだったのでプレゼン後に社員さんと面談。そこで正直に「自分大学院行きたいんですよねー」と言うと「大学院に行く二年間とベンチャーで働く二年間は圧倒的に成長のスピードが違う!」「ベンチャー向いてるよ!」。その社員さんは僕の二個上でもう取締役になって、いろいろ尊敬できる人なんですけど、自分の大事にしていることをあっちの物差しを振りかざして、小馬鹿にしてきたのが悔しくて、「あ。大学院に行こう」ってここで完全にふっきれた。インターン通して、今は仕事よりも勉強したいって純粋に思ったのもある。

2014年8月(大学院:100% 留学: 100%)
 帰省して親に聞いたら、いわずもがな承諾。これで決定。

これで留学の目的も明確になったわけです。

・大学院への下地作り(合格に必要な英語力、社会学の文献を英語で理解できる能力)という経緯です。

 ターニングポイントはニュースメディアに出会った事とインターンにいったことですね。別に会社で働きたくない訳じゃない。入ったら入ったで楽しんで仕事ができる自身がある。数字とか追い求めるのとか大好きだし。だけど、純粋に勉強をもっとしたいと思った事が理由ですね。

 あとは日本の教育システムってご破算主義で、大多数の学生は大学で何を勉強してようとどんな成績をとろうと社会人になったらそれが0になってみんな一からのスタートになるってのも納得いかない。だからこそ考えたのは、0にならない職に就こうってこと。それには圧倒的な知識が必要であって。

 「とりあえず会社に入って考えれば、社会人から大学院行く人っていっぱいいるじゃん」と結構な数の人に言われましたが、お金に関しては給付型奨学金とればいい話なだけです。あとは今の意識で研究するのと、社会人をやった後に研究するのとでは研究意義とか全然違くなってくる。すごく抽象的な表現だけど。

 まあほぼ転学みたいなものなので、努力が必要ですね。落ちたら落ちたでまた考え直します。とりあえず、報告。


熊谷祐介
ミドルテネシー州立大学留学中

2012年8月5日付 フロンティア・フォーラム No.79:「カラフルな世の中へ~その意味とは?!」熊谷祐介さん(埼玉大学2年教養学部=休学中。現在世界一周中): http://japangap.jp/essay/2012/08/2-1.html

9月3日付JGAP寄稿者短信:「アメリカでの備忘録」(熊谷祐介さん、ミドルテネシー州立大学留学中) http://japangap.jp/info/2014/09/yoshidasuri.html

ブログ「熊谷祐介の備忘録」:http://kumagai112.wordpress.com/