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JGAP寄稿者短信:「片道切符でインドに来た。 」(加藤遥平さん、米国大学院UC Davis卒業)
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半年前にアメリカを経った時、どこで年末を過ごすつもりだったのだろう。
タイムマシンがあれば、聞きに言ってみたいものだけど、
引っ越しと学会と、インド行きの準備に振り回され、
未来のことに思いを馳せる余裕はなかったはずだ。

まだ、アメリカに戻ってくる可能性もあったし、
周りには「途上国で、南アジアで就職したい」とも話していた。
どの組織で、どんな形で働くのか、これといったイメージはなく、
「インドの2ヶ月で決まるだろう」と楽観視していた。
実力さえ認めてもらえれば、どこでも働けるという自信があったのだ。

「南アジア」と言いつつも、実際に思い描いていたのは、バングラデシュ。
インターンを終えたら、そこで将来のことをゆっくり考えようと思っていた。
だから、ムンバイで12月を迎え、年越しもここで過ごすことを、
僕はこれっぽっちも想像していなかった。


上司の奮闘
インターンの上司にも「南アジアに残りたい」と言っていたが、
最後の最後まで、具体的な話は無かった。
だからオファーを貰った時、インドの銀行口座も、外国人登録も、
決まった住所すら無く、ビザでさえ更新が可能かも疑わしい状況だった。

後でわかった話だけれど、水面下で様々な交渉と、上司の奮闘があり、
間を空けること無く、働きながら必要な手続きを済ませることができた。

幸か不幸か、お世話になった上司とは違う部署に所属することになってしまったのは、
「広く財団に貢献できるように」という身に余る配慮から。
きっと上司が株を上げ過ぎたのだろう。


変革を続ける、インド最古の慈善財団
1892年に前身の JNタタ基金が設立されてから100年以上、
Tata Trusts は国内外(主にインド)の社会課題に取り組み、
文字通りに国の成長を支えてきた老舗機関。
活動分野も社会の変容を先取りするように変わり、
保健分野を例にすれば、母子保健から近年はメンタルヘルス、
ガンの治療・研究にも力を入れている。

設立当初からの教育分野はもちろん、農業・農村開発、都市計画、
僕が学部時代に研究していた出稼ぎ労働者の支援、
アート教育の普及、文化遺産の保全活動なども行っている。

また国内、近隣諸国で自然災害や大きな事件が発生すれば、
緊急支援から復興支援まで一貫して現地で被災者のサポートにあたってきた。

この活動範囲の広さは大きな魅力だったが、
一番の決め手になったのは、組織が大変革の真っ只中にあるということ。
それまで独立して活動していた、
いくつものTrust (Sir Dorabji Tata, Sir Ratan Tata Trust など)が、
昨年、Tata Trusts として、一つになった。
ビジネス界出身のマネジメントメンバーと、
開発分野で修士・博士を修めた経験豊富なスタッフが知恵をもちより、
壮大な実験を行っているのだ。


「伝える」を仕事に

そんな多様な機関で、僕はコミュニケーションの部署に所属し、
分野を横断して、教育、保健衛生、都市開発、
最近ではチェンナイの復興支援チームと共に、
それぞれのプロジェクト、現場での活動を、

1. 組織内 2. 政府 3. 外部パートナー 4. 一般市民

に「わかりやすく伝える」、そんな仕事をしている。
具体的には、現場でプロジェクトのアセスメントをしたり、
インターンの時のように活動を映像におさめ、ドキュメンタリーを作ったり、
それぞれのオーディエンスに向けた資料の作成・デザインも行っている。

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「何かを与えられた人は、何かを期待されていることを忘れないで」
記録の残る限り、初めての日本人スタッフだそうで、
現在オフィスに居る唯一の外国人でもある。
そもそも外国人向けのポストがめったになく、
ビザの誓約や手続きの煩雑さを考えると、外国人を雇うのは安くないからだ。
つまり、それに見合った価値を出していかなければならない。

ここ数ヶ月、大きな舞台での役割を任されることも多くなったが、
僕にしかできない仕事かと言えば、疑問符がつく。
珍しい組み合わせのスキルを持ち合わせているとはいえ、
個々のスキルは、それぞれの専門家に及ぶものではない。
一つ一つを高めつつ、自分にしか出せない役割を明確にする。
それがしばらくの目標である。


「私には、キミが財団に居る未来が見える」
アメリカを出る直前、ドイツ人の恩師が言った言葉は、半分当たり、半分外れた。
その当時、僕も恩師も Tata Trusts を「財団」とは見ていなかったからだ。
それでも恩師の言った通り、これ以上恵まれた職場を、僕は想像できない。
「運と縁」と言ってしまえばそれまでだけど、
それをたぐり寄せる「コツ」のようなものがあると思い、こうして振り返ってみた。

一つ思い浮かぶのは、「ひとつひとつの仕事を全うしてから次へ」と頂いたアドバイス。
自分にキャパシティが無かったこともあるが、
修論も、インターンのプロジェクトも、次の進路を気にしていたら、
ここにたどり着けるような成果は出せなかった。

もう一つは、
「好きな場所」「好きな人」の少しでも「近く」を目指してきたこと。
インドは初めてだったが、バングラデシュの経験から、
南アジアが肌に合うことはわかっていたし、
バングラに戻りたい思いもあって、ここまで来た。
大学院の選択も、これまでのインターンも、尊敬する、あこがれの人がいる、
そんな職場、環境を求めてきた。これだけは一貫している。
インドでの経験が、今後どこに繋がるのか、はっきりとしたイメージはないけども、
これからも動き続ける、これだけは確かである。

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(関連記事)
2012年7月8日付 フロンティア・フォーラム寄稿
No.75:「米国留学、国際NGOインターンを経て、バングラデシュ~国境なきコミュニティデザイナーを目指している私」 加藤遥平さん(当時、筑波大学5年) 
http://japangap.jp/essay/2012/07/ngo.html

2015年8月12日付
JGAP寄稿者短信:「されどクラクションは鳴り続く。インドの喧騒と静けさの中で~タタ財団でのフェローシップ」(加藤遥平さん、米国大学院UC Davis卒業) 
http://japangap.jp/info/2015/08/jgap2uc-davis.html

2015年7月10日付
JGAP寄稿者短信:ボクとアメリカとインドをつなぐ、大学院での2年間」(加藤遥平さん、米国大学院UC Davis卒業) http://japangap.jp/info/2015/07/jgap20142015uc-davis-1.html

2014年11月10日付
JGAP寄稿者短信:「大学院卒業後の進路~これからのキャリアを考える」(加藤遥平さん、米国大学院UC Davis在学中) http://japangap.jp/info/2014/11/jgap-uc-davis.html

2014年8月30日付JGAP寄稿者短信:「米国大学院生の懐事情 ― 留学費用についてのあれこれ」(加藤遥平さん、米国大学院UC Davis在学中) | 一般社団法人 日本ギャップイヤー推進機構協会(JGAP): http://japangap.jp/info/2014/08/jgap1-----uc-davis.html

2014年8月3日付 JGAP寄稿者短信:「大学院1年目を振り返って --- 米国大学院で学んだ個人戦と団体戦」(加藤遥平さん、米国大学院UC Davis在学中) http://japangap.jp/info/2014/08/jgapuc-davis-2.html

2013年12月16日付 JGAP寄稿者短信:「米国大学院の教壇で学んだこと」(加藤遥平さん、米国大学院UC Davis在学中) http://japangap.jp/info/2013/12/jgap1220-happiness-architect.html

2015年1月17日付JGAP寄稿者短信:「2014年から2015年へ~振り返りとこれからのテーマ」(加藤遥平さん、米国大学院UC Davis在学中) http://japangap.jp/info/2015/01/jgapuc-davis-3.html


ブログ:The Rad Visionary
http://yoheikato.weebly.com/1/post/2013/12/161.html

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