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日本をよくする提言から多様性を高める主張、ギャップイヤー文化構築提案まで、
多種才々なイノベーター達のエッセイ集

「『決断』について思う3つのことしゃし一橋・広瀬さんhiyoko.jpg

 

 

 

 

 

 

 

一橋大学経済学部2年

広瀬裕貴 

 はじめまして。

今回は「決断」ということについて書かせていただこうと思います。SNSの普及に意図もない、学生たちには選びうる選択肢がより多様に、より身近になりました。学生団体、インターン、ボランティアから起業まで、なにかを「選び、決断」ことが必要に迫られているかのような風潮が僕には感じられます。今回はそんな世の中の風の中で、まだまだ世間を知らない大学2年生として、のんびりと書いてみようと思います。



① 人間は決めたがる生き物

 

 よくこんな人がいます;「私のやりたいのはこれじゃなかった。だから辞める。」
僕はこれについて別に良いと思っています。きちんと最低限の節度としかるべき手続きを取りさえすれば、それは自由だと思っています。しかし、僕が不安に思うのは、なにか一つに決断することがかっこいい、という誤った風潮が現在流れていることです。

なにか一つの人生を捧げることを選んでいる人はとっても素敵だと思います。しかしそれはおそらく悩みに悩んだ末の決断であり、それは決して安易な決断ではないはずです。

決めることを他のことをやめる言い訳にしないでください


② 決断とは捨てること

 

皆様の中で「決断」という言葉の意味について考えたことある方はどれほどいらっしゃるでしょうか。決断とは「決めて、断る」と書きます。では何を断っているのか。いうまでもなく、「他の選びうる選択肢を断る(捨てている)」のです。

 なぜ決断する人がかっこいいのか。それは他の選択肢を捨てでも、それを選ぶという点で、選んだ事柄に犠牲にしたものの価値が加わっているからだと思います。決断それ自体がかっこいいのではありません。他のものを捨てるというその覚悟に、捨てる勇気のない僕らは畏敬の念を抱くのです。

 

 

③ 決めない覚悟のすすめ

 

 僕は割と未練がましい人間です。捨ててしまった選択肢の先に、あったかもしれないより良い未来の可能性を捨てきれない、なにかを決断することができない人間です。ではそんな人はどうすればよいのでしょうか。僕ら大学生なんてたかだか生きてまだ20年ほどでしょう。何がやりたいかわかっている大学生はけっして多くはないと思います。ではそんな僕らはどうすればよいのでしょうか。簡単です。なにも捨てなければよいのです。

 「決断」とは「やることを決める」ことではなく「捨てるものをきめる」ことだと僕は思っっています。もし、捨てることが選べないのならば、もし「決断」を言い訳に使いたくないのならば、それは「すべてのことを全部やる」という決めない覚悟を持つしかないのではないでしょうか。

 そしておそらく、その先の、最後の、最後の手段として、本当の決断があるのです。

 

まだたかだか生きて20年程の僕らになにかを捨てることの覚悟をもつことは難しいかもしれません。ならばすべてをささげるものが見つかるまでの間くらいはなにも決めずに全部やるという覚悟を持ってもいいのではないか、そんなことを思う12月の夜でした。

最後までお読みいただきありがとうございます。


広瀬裕貴

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