代表ブログフロンティア・フォーラム

日本をよくする提言から多様性を高める主張、ギャップイヤー文化構築提案まで、
多種才々なイノベーター達のエッセイ集

鎌倉幸子さん写真.jpg「私のカンボジアとの出会いは米国留学からだった」

鎌倉幸子
公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(SVA)
広報課長兼岩手事務所図書館事業スーパーバイザー

置いてある石が多いほど、対岸に渡れる 小学校は合唱部、中学校はテニス部、高校は美術部とマンガ部、大学では日本庭園を作る部とテニス部の兼任。作文に書いた将来の夢も、小学校5年生は宇宙飛行士、6年生は漫画家と小さいころから一貫性がなかった私。小学生の時から「典型的なB型(B型にとっては最高のほめ言葉だったりする)」と言われてきた。ただ、やるからには短期だったかもしれませんが没頭していましたよ。
 ただこれでいいのかと悩んだ高校生時代、母親から言われた言葉が「置いてある石が川の上に多いほど、対岸に渡れるんだよ」ということ。引き出しは多い方が、出せる情報も多くなる。スポンジのように吸収できる10代、20代にどれだけ石を置くかで、30代からの人生の歩み方が変わってくるかな。


米国留学で出会ったクラスメートがきっかけでカンボジアへ
 漠然と国際協力の仕事に就きたいと思ってアメリカに留学をしました。NGOの経営学と国際情勢を勉強すればするほど、分からなくなるのがこの分野。専門家ではなく、あくまで実務のプロジェクトマネジャーの勉強をする中、どの国でどの分野で自分は仕事ができるのか分からなくなってきました。
 そんな学生時代、クラスメートにカンボジアからの留学生がいました。そこで聞いた内戦の話、現地の状況を聞いて「カンボジアで何かお手伝いができたら」と思い立ちました。

 アメリカの大学はカリキュラムの中にインターンシップが義務づけられています。そこで、今仕事をしているシャンティ国際ボランティア会(以下、SVA)のインターンとしてカンボジアに行ったのが1997年。SVAを選んだのは、そのカンボジア人の留学生の友人が勧めてくれた団体だったからです。小さい頃、難民キャンプの孤児院で生活をしていた時に、SVAが設置した図書室に通って本を読んだ思い出が忘れられないという話をしてくれたから。記憶に残る活動をしている団体に関わりたいと私は強く思いました。


5年かけて卒業したが、納得した大学院生活
 大学院の2年目に、6カ月間SVAのインターンをしました。その際、私の上司だった日本人スタッフが退職することになり、その後任として仕事をすることになりました。学生だったのですが、休学すればどうにかなるかと思いました。5年間は席を置ける大学院だったのですが、正直仕事が忙しく論文をあきらめかけたこともありましたが、最後踏ん張り、論文を書き上げました。実際、理論だけでなく、実務をして書いた論文には、中身に厚みが加わります。机上の空論ではない、生の声を反映されたものが書けたと自負しています。


結局「石はたくさん散りばめるほうがよい」のでは?
 私がカンボジアに行くことを決めたのも一人の留学生の話を聞いたことが入口でした。「あ、これは無視できない」と思ったら、その心におもむくまま、正直に動いてみてはいかがでしょうか。向き不向きより前向きが大事。やらなかったという後悔の方が、やって失敗した後悔よりも長く心にとどまるかもです。失敗したら修正できるけど、やらなかったら妄想するしかない。
 最近、"不確実な社会"と言われている時だからこそ、どんな大きい川でも渡るための石はたくさん散りばめておいた方がいい。
 今「点」と感じるものも、「線」となり、「面」となる瞬間があるものです。

 自分を信じて、Let's take off.!


プロフィール
鎌倉幸子 
Twitter: @1192_sachiko
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