代表ブログフロンティア・フォーラム

日本をよくする提言から多様性を高める主張、ギャップイヤー文化構築提案まで、
多種才々なイノベーター達のエッセイ集

「9ヶ月間、毎日15時間の勉強を経て北京大に入学した理由」higuchisan.jpg


樋口亜希
株式会社Selan代表取締役


【受験失敗】
 高校時代は、ほぼ勉強に費やした3年間でした。小さい頃から、暗記ものが結構好きで、特に世界史に関しては、「好き」を通り越して、「無我夢中」という状態でした。しかし、受験当日。肝心のセンター試験からつまずき、模試で常にA判定だった私大も不合格。

 2007年、青山学院大学に入学しました。青学生としての大学生生活はそれなりに楽しかったのですが、なんとなく心のどこかに「このまま再チャレンジしなくていいのかな...」というわだかまりがありました。

 そんな中、両親に相談したところ、父の母校でもある北京大学を受験してみるのはどうか、という提案がありました。
私の父は日本人、母は中国人で、北京大学は、両親が出会ったきっかけの場所でもあります。しかし残念ながら、私は当時、中国語がほとんど話せませんでした。

 きっと、これは、自分のアイデンティティーを確認するために与えられた機会なのかもしれないと思い、「受験」ではなく、「自分」にもう一度挑戦してみようと決めました。

【単身で北京へ】
 北京に渡り、9ヶ月間、受験勉強をすることにしました。しかし、当時「ニーハオ」「シェイシェイ」しか知らなかった私は、受験勉強と言っても、問題集に何が書いてあるか分かりません。

 北京大学の入試は、もちろん全て中国語です。
そんな子が、「北京大受験しに来ました!」と言うので、周囲の友人や塾の先生からは、「そのレベルじゃ、1年で合格は無理じゃない?」と言われました。

 しかし、なぜか私は落ち込みませんでした。
「へ〜。北京大ってそんなに難しいんだ!そんな難しい大学を受けるなんて、なんだか、面白そう〜!!」
「まず目の前のことを、自分らしく、頑張ってみよう!」

 その後、9ヶ月間、毎日15時間の勉強をしました。
朝6時に起きて、学校に行き、夕方4時に授業が終わると、肉まんをかじりながら、自転車をこいで、猛ダッシュで予備校へ。(よくテレビで見かける、中国の自転車群衆のうちの一人でした)
夜10時に予備校の授業が終わり、今度は学校の自習室で夜中の2時まで復習。トイレ、お風呂場にも防水加工した自作の暗記用紙を張り、必死になって勉強しました。

 その結果、ストレス性胃炎で3回入院する羽目になりました。ちなみに、当時、海外留学保険に加入していたのですが、入院費があまりにもかさみ、翌年、加入できなくなりました。

 6月12日、結果発表の日。
宿舎から大学に行くまでの間、息が詰まりそうでした。到着し、自分の名前と番号を発見した瞬間は、全身の筋肉が溶けちゃったんじゃないかと思うくらい、体の力が抜け、呆然としてしまいました。その後、寮に戻ってから、やっと実感が沸き、ベッドで叫びながら飛び跳ねたのを覚えています。


【北京大学で学んだこと】
 2008年9月、北京大学国際関係学部に入学しました。外交学を専攻し、クラスメイトと一緒に、学校の食堂に行っては、1食50円のご飯とおかずを片手に、ああでもない、こうでもない、と国際情勢について議論しました。

 また、成績や不正に非常にシビアな大学でした。当時、平均点以下が3学期連続で続くと強制退学、レポートのコピペが多すぎて即退学、法学部の学生が4年生の一番最後の試験で、カンニングがばれ、退学になったケースもありました。
優秀な上に、"超"がつく努力家の学生が多く、語学にハンディのある私にとっては、常に「退学」という恐怖と隣り合わせの4年間でした。

 北京大で学んだことはたくさんあります。
しかし、今では、あんなに一生懸命勉強していた外交学のことは、ほとんど忘れてしまいました。必修だった毛沢東思想概論という授業では、毛沢東の言葉を一語一句暗記しました。今では、1つも思い出せない自信があります。

 北京大が教えてくれた一番大事なことは、知識でも、要領よくこなすノウハウでもなく、「がむしゃらになる」ということでした。


【現在の私】
 今、3つのことに取り組んでいます。
1つは、バイリンガルのお姉さんが、お子様の「お迎え」をしながら、「外国語教育」をする「お迎えシスター」というサービスを事業として展開しています。
その他、「人生に、より多くの選択肢を。」をコンセプトとしたインタビューサイトbelongの運営、YouTube上で、教科書に載っていない中国語講座「Akiの落書きチャイニーズ」を公開しています。


【私の夢】
 私の、「亜希」という名前は「アジアの希望になるように」という両親の想いが込められています。
自分のアイデンティティーを大切にすること、そのアイデンティティーを人のために生かせるよう、「がむしゃら」になること。北京大が教えてくれたことを胸に、走り続けたいと思います!


プロフィール:
樋口亜希(Aki Higuchi)
1989年1月生まれ。北京大学国際関係学部卒業。株式会社Selan代表取締役。
2、3歳の時に中国・武漢、10、11歳の時にアメリカ・ボストン、18歳~23歳まで5年間、中国・北京で過ごす。
高校卒業後、単身で北京に渡り、9ヶ月間、毎日15時間の受験勉強を経て、大学入学。リクルートホールディングス、リクルートキャリアを経て、独立。バイリンガルのお姉さんが、お子様の「お迎え」と「外国語教育」をするサービス「お迎えシスター」を展開。インタビューサイトbelongの運営と"教科書に載っていない"中国語講座「Akiの落書きチャイニーズ」をYouTube上で公開中。
インタビューサイトbelong:http://www.belong-i.com/ 
Akiの落書きチャイニーズ:https://www.youtube.com/channel/UCKQQFpOznUL7XaRFguiph6Q
お迎えシスター:http://omsister.com/
FBアカウント:https://www.facebook.com/aki.higuchi
Instagram:http://instagram.com/aki_higuchi/


 

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