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JGAP寄稿者短信"拡大版":「ルワンダの2年間を振り返って」内藤さん写真.JPG


ルワンダから帰国して1ヶ月が経ちました。

ルワンダにいる時は長かったような2年間が,帰国して振り返ると一晩の夢のような2年間だったな。と感じております。
そんな夢のような2年間をルワンダにいる時からお世話になっているこのJGAPさんの寄稿者短信にて振り返らせて頂きたいと思います。

まず,簡単に自分の経歴から。
内藤さん①.jpg

内藤俊輔,29歳。青森生まれ。
中学の時の父を癌で亡くし,その後母子家庭で育てられる。
高校時はラガーマン。大学時はバンドマン。その後営業会社で約5年勤めました。
社会人として働く中で「本当に今の仕事をずっと続けたいのか?」という疑問を抱き,
色々と模索した結果,国際問題やアフリカに興味を抱きます。
そして青年海外協力隊という道を選び,ルワンダに2年間行って参りました。

正直,社会人時代に模索をするまでは,全くアフリカや国際協力には興味がありませんでした。

しかし,帰国した今は「やっと生涯かけてやっていきたい道が見えてきた」と感じています。

では何故,僕がこのような気持ちの変化に至ったのか?
何をして,何を見て,何を聞き,何を感じて帰ってきたのか?
をお話ししたいと思います。


最初に簡単にルワンダの紹介をします。
内藤さん②.jpg

ルワンダは東アフリカに位置しています。
アフリカの国はコンゴを始めとして,大きな国が多いです。
しかしルワンダは四国の1,5倍程度しか無い小さな国です。

ルワンダといえば?で上がってくるものではまず,「マウンテンゴリラ」があります。
絶滅危惧種にも入っているマウンテンゴリラは,現在ルワンダと隣国ウガンダでしか見る事が出来ません。
その中でもルワンダのゴリラトレッキングは非常に人気で,ここ10年で観光客が50倍にも増加している要因にもなっています。

次にルワンダコーヒーです。
アフリカといえば,キリマンジャロコーヒーやエチオピアコーヒー等が挙げられますが,実は現在ルワンダコーヒーも注目されています。
業界では超有名なコーヒーハンター川島さんも直接ルワンダに訪れるなど,
数年後には,ルワンダコーヒーブランドが浸透しているかもしれません。

そして,21年前に起こったジェノサイド(大虐殺)。
ホテルルワンダなどの映画で観た方も少なくないかもしれません。
ルワンダには各地に虐殺記念館と呼ばれるミュージアムがあり,そこで当時の写真や亡くなった方のお骨や衣服を見る事が出来ます。

しかし現在はアフリカでも最も安全な国と言われる程の国になっています。


そして自分はルワンダの首都キガリで活動をしておりました。
配属先は日本でいう都庁のような機関で,その中の組合支援課に所属しました。
ルワンダでいう組合は商業目的で組まれた組織で,日本でいうと小さな株式会社のようなものです。勿論そんなしっかりとしたものではありませんが^^;

最初に苦労したのが,「支援先探し」でした。
配属先の支援対象組合数は200以上ありました。勿論その全てを支援する訳にはいきませんでしたので,いくつか回ってどこを支援するか絞る必要がありました。

しかし,同僚は非常に忙しく
「2ヶ月くらいは手伝えないと思う」
と言われてしまいました。

2日程途方に暮れていましたが,これも想定内です。
営業会社にいた頃の経験を活かして,覚えたての現地語で名刺を作りました。
内容は「困っている組合助けます!」というもの。
そしてこれを毎日手当たり次第配り回りました。

2ヶ月間くらいは配りました。大体1000枚くらいは配ったかと思います。
連絡先を載せていたので,毎日電話が鳴りました。いたずら電話が。
ただその中にも本当に助けて欲しい。という人もいたので,都度会って話を聞いていました。
そしてその中の1人,フランスコワ君と出会いました。
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彼はよく言われるアフリカンタイム(時間を守らない)ではなくジャパニーズタイムな感覚を持っている珍しいタイプ。
更に,向上心や挑戦する情熱も持っていたので,すぐに打ち解けられました。

結果,彼が僕にとっての2年間で一番かけがえのない存在となりました。

彼は,お土産屋さんを営む組合の組合長でした。

まだお店を出して間もないくらいだったので,広告活動や新サービス開発を主に行いました。

広告活動では,お店のチラシを作ったり,Facebookページを作ったりしました。
驚いたのはFacebookページ。現在200以上のいいね!を貰っていますし,
ここからオンラインショップ掲載が決まったり等,想像以上の成果がありました。
https://www.facebook.com/allafricanhandcrafts

新サービス開発では,フランスコワ君が持っている染め物の技術を使った「染め物体験ツアー」を作りました。
ルワンダではこうした現地の人と触れ合えるような体験ツアーが殆どないので,
それを広めたい。という事での挑戦でした。

更に,ルワンダの伝統工芸品の代表でもある「アガセチェ」をネックレスにした「アガセチェネックレス」も作りました。

そして大きな活動で言うと,協力隊の母体でもあるJICAと配属先を巻き込んで「お土産屋マップ」を作りました。
これも体験ツアー同様に,日本では当たり前のようにある観光情報が殆どなかったので提案しました。
内藤さん④ボックス.jpg

これが反響があった為に,翌年の予算にレストランやホテル等も含めた「観光マッププロジェクト」として予算が下りる事となりました。

しかし,さすがアフリカです。
昨年末に下りるはずだった予算が伸びに伸び,遂には僕が帰国するまで下りませんでした^^;
同僚が引き継いで行ってくれる事を祈っています。

こんな感じで色んな活動をフランスコワ君を中心としたルワンダの人達と行ってきました。
ですが,僕がここで得た事は活動そのものでは無く,
活動や私生活から様々な事を学ばせてもらいました。それを幾つかご紹介します。

「国際協力とは助け合い,学び合い」
内藤さん⑤イス.jpg

活動をした半年くらいは,僕はボランティアとしてここにいるので,
自分が一方的に彼らの為に何かをしてあげる。という意識でしたが,
振り返ると正直学ばせてもらう,助けてもらう事の方が多かったです。
特に「助ける」という意味で衝撃的だったエピソードがあります。

毎日のように行く市場(上の写真のような場所)での出来事です。 
僕がある日風邪を引いてしまって,栄養を摂る為に同じお姉さんから,
ルワンダでは少し高いリンゴを毎日1〜2個買っていました。

1ヶ月程通って,僕はその市場のお姉さんと世間話をする位仲良くなりました。
ただ,体調が良くなったので僕はリンゴを買う事を辞めてしまいました。
自分は彼女とはリンゴを買う人と売る人の関係だと思っていたので,
なるべくその場を通らない様にしていました。

しかし,ある時にそこを通ってしまい,その子に声を掛けられました。
「なんで最近来てくれないの?」
自分は,お客さんとして言われていると思い,とっさに
「今仕事が無くてお金が無いから買えないんだよー」と噓をついてしまいました。すると彼女は
「なんだ!だったら早く言ってよ!」
と言い,その日の売るはずだったリンゴの殆どを僕にくれようとしました。
市場で働く人達の生活は,その日の売り上げが明日明後日の暮らしに大きく左右するのです。
そんな大事なリンゴを僕にくれようとしたのです。僕は驚いて,
「でもこれを僕にくれたら,君たち大変なんじゃないの?」と尋ねました。
「いいの,1日2日我慢すれば私達は大丈夫だから。だからまたお金が無い時はあげるから,毎日来て!」
と言ってくれました。
この出来事は自分にとっての「助ける」という価値観を大きく変えてくれました。


このように,幸せの価値やお金の価値等は,彼らの方が数段理解しています。
自分は技術を彼らに伝え,彼らは僕に幸せの意味を教えてくれました。
「国際協力」とある様に,先進国だから優れている。後進国だから遅れている。
等という事はなく,相互の良い所を学び合う事が国際協力だと僕は思います。

「結局は人 」
内藤さん⑥.jpg
協力隊として来た当初,ルワンダを良くしたい!アフリカを良くしたい!世界を変えたい!という目標を持つ方も多いです。勿論僕もそうでしたし,今でもそうです。
でも結局,大きなものを変えるには小さなものと向き合わないといけません。
その一番小さいものが「人」でした。

いつの日か自分の目標は,先ほど紹介した「フランスコワ君を幸せにする事」や「その周りにいる人達を幸せにする事」に変わっていました。
そうすると,活動の話だけで無く恋愛の相談などプライベートの相談も乗る様になります。そして,その中から彼らの幸せの意義を理解する事が出来,それを達成する為に仕事を頑張ろう!!というようになります。
すると,お互い共通の目標を持つ事になり,より信頼関係や一体感が深まりました。
この写真もお店のメンバー同士ですが,最初は僕を受け入れてくれないメンバーもいましたが,
語り合ったり時間を共にした事で,最後にはお店のユニフォームを僕の分も用意してくれて仲間の1人にしてくれました。
今では身近な人達を幸せにする事がルワンダや世界を良くする近道だと思っています。

最後にフランスコワ君が自分に最後メッセージをくれましたので,宜しければご覧下さい。
https://youtu.be/qT6u7TERLAQ

彼のこのメッセージが僕の2年間での最高の宝物になっています。
こうしたお金には絶対変える事の出来ないような生の経験が,僕の人生観やこれからの将来の夢をも変えてくれました。
同時に自分が与えられた分,彼らに与える事が出来たのだろうか?と自問自答する日々も続いています。

必ず近いうちに彼らとは再会するつもりです。
今度はもっともっと力をつけて。これからも頑張ります!
最後まで読んで頂きありがとうございました!


(関連記事)
2014年7月16日付エッセイ集 フロンティア・フォーラム No.174:「 格好悪くてもいいじゃないか。それでも前に進み続けるたった1つのコツ」(内藤俊輔さん、 青年海外協力隊/ルワンダ派遣) http://japangap.jp/essay/2014/07/post-79.html

2014年9月13日付JGAP寄稿者短信:「世界一周するのと,海外に長期滞在する違いは何ですか?」http://japangap.jp/info/2014/09/jgap-166.html

2015年1月9日付JGAP寄稿者短信:「自分のできることを人にできるようにする」 http://japangap.jp/info/2015/01/jgap-190.html

2015年4月1日付JGAP寄稿者短信:「逆カルチャーショック7選」
http://japangap.jp/info/2015/04/jgap-202.html

プロフィール:
内藤俊輔
1986年青森生まれ。
マーケティング会社に約5年勤めた後,平成24年度4次隊として青年海外協力隊でルワンダに派遣。3月に帰国。

Blog:ルワンダから観た世界〜内藤俊輔BOOK〜(http://ameblo.jp/naikel0311/
Twitter:@Naiting_s
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E-mail:naikel0311@gmail.com 

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